お節介は果たしたからね

  オレさまは今とても面倒なことに巻き込まれている。

「なァ〜ナスタ、そろそろ返事してやったらどうなん?」
「・・・嫌」

他人様の家に上がり込んで、あろうことかベッドを占拠しているのはこのオレさまの幼馴染みであるナスタという女だ。突然連絡もなしに押しかけて来て、フライゴンに飛びついて散々愛でた後、いきなりふて寝を始めるのだから全くもって意味がわからない・・・訳ではないのがこの面倒くさい事態を極めている所以である。

ピコン

オレさまのスマホロトムが可哀想なほどピコピコと光っている。こちらはこちらで、実は今朝からひっきりなしに連絡が来ているのだ。ナスタがここにやって来た原因がこの送り主だと知っているので、予測できていた彼女の突撃を無下にできなかったとも言う。

"ナスタさん来たか?"
"キバナ、ナスタさんの様子はどうだ?"
"まさかお前がとは思うが、手を出したりするなよ"
"ナスタさんと連絡がつかないんだが、電源を入れるように言ってくれないか?"
"キバナ、ナスタさんは何か言っているか?"

いくつも連なる、ダンデからの通知にオレもロトムももういい加減に辟易している。いくらこのオレさまが優しいとは言え、限度が過ぎている。特にダンデ。いい年した大人が恋愛沙汰で他人に迷惑をかけるんじゃない、遠慮と自重を覚えやがれ。

「ナスタ〜?」

オレさまのベッドでうつ伏せに寝ている彼女は、珍しく情緒不安定なようで、ここへ来てからもうずっとうじうじしている。電源を切られたスマホが床に無残に投げ出され、仕事の連絡も含めた外界を完全にシャットアウトしているのだから、そのダメージたるや計り知れないものがある。そんな彼女が逃げ込む場所にキバナを選んだというのは、頼られていると分かって素直に嬉しいのだけれど。
何に悩んでいるのかや、頭の中を何が渦巻いているのかは、だいだい分かる。渦中のダンデよりもよほど、キバナは彼女と、もう長い時間を共有しているのだから。
いい加減なんとかしなきゃなと重い腰を上げて、ベッドの横に座り込んで、頭の高さを合わせるように伏せながら彼女をツンツンと突つく。

「・・・ダンデに告られたんだろ」
「〜〜ッ、やっぱりキバナもしってたの、」

ビクッと身体を震わせて、顔だけこちらに向けるナスタが、恨めしそうにキバナと視線を合わせた。デコに痕がついている。そのあんまりな表情に思わず笑いが溢れて、その頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「気づいてないのは本人達くらいだ、っていうのがガラルの常識だぜ」
「なにそれ・・・」

暗に知らない人なんていないと言ってやると、ナスタはもう外に出られない・・・と呟きながらまた枕に顔を埋めてしまった。

無敗を誇るチャンピオンとして人気のあるダンデと付き合うというのは、その隣に胸を張って並び立つ覚悟のようなものは、ライバルや友人としてその頂の側にいるキバナよりも、余程尻込みをするものなのだと思う。彼女は自分の仕事に自信は持っていても、世の中から自分がどう評価されているのかを知らないから、その心配も一入なのだろう。

実際は、何処へ行っても目立つダンデが、もう長いこと明らかにナスタだけに好意を寄せているということをみんなが知っているせいで、付き合う前から公認カップルみたいになっているのだが・・・これも知らぬは本人達ばかりなり、というやつだ。

「ダンデくん、何て言ってた?」
「ナスタに間違っても手出すなってさ」
「ばかなんだから・・・」

顔を背けたままぽそりと彼女が呟くのを、布団に散らばる彼女の髪を三つ編みにしてみたりなどしながら聞いていた。反対側からフライゴンが真似をする。漸く笑ったナスタは、照れくさいのか、隙間から見え隠れする耳が少し赤い。

「もう、くすぐったいよ」

起き上がった彼女が、上手くできなくて悔しがるフライゴンの方へ手を伸ばして、頭を撫でる。優しげに細まった彼女の瞳が、ひとつ瞬きをして、漸く決意を固めたものになったのを、視界の端にとらえた。
  決めたのなら、キバナの役目は終了だろう。

「・・・行くのか?」
「うん」

意思を決めてしまえば、迷うことのない彼女を少し、ほんの少しだけ惜しく思う。別にこれまでと何も変わらないのだけれど、けれど、行ってしまうのかと、思う気持ちが確かにある  ナスタの後ろ姿を見ても寂しくならないくらいには、もうとっくの昔に幼馴染み離れできているはずだったのに。

「キバナ、いつもありがとう」

玄関へ向かう彼女を見送りのために追うと、一度立ち止まって、それから、ぎゅう、と抱きつかれた。彼女の腕が背中に回ったのは、もしかしたらはじめてのことかもしれない、と思って、キバナもその小さな身体を抱きしめ返す。昔は彼女に後ろから抱きつかれたりだとか、そういうのはよくあることだったが、正面から抱きしめ合うのは、きっと最初から今まで、したことがなかった。

「だいすきだよ」
「・・・オレさまも、ナスタがだいすきだぜ」

誰よりも側にいて、誰よりも理解し合ってきた幼馴染みの、一番近くを明け渡す。
それは少しだけ、ほんの少しだけ寂しい。けれど、それを彼女も感じてくれているのなら、キバナはもう、それだけで十分なのかもしれない。彼女も寂しく思ってくれるのなら、きっとこの関係はこれからも近いところに有り続けるのだから。

「頑張ってこいよ」
「うん」

またね、と笑った彼女を見送って、バタン、と閉じたドアをしばらく見つめていた。



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