あこがれと小さな気付き

「とうとう来たぞ!ワイルドエリアだ!」
「見てホップ、イワークがいる・・・!」
「うおーーーっ強そうだな!!!」

はじめてのワイルドエリアに高鳴る高揚感をそのままに、あちこちを見回しながらホップと二人ではしゃいでいた時、私たちは彼女と出会った。

くすくすと聞こえる声に振り返ると、笑ってしまってごめんね、と言いながら、そこには一人の女性が立っていた。優しげな眼差しが印象的で、綺麗に笑う人だと思った。

「ウィンディだ・・・!」

彼女の後ろには、炎のように靡くたてがみとしっぽを風にそよがせたウィンディが、その背を守るように立っていた。その堂々たる迫力に、思わず息を呑む。

「デカイな!」
「カッコいい…」

思わず零れた言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。よかったら、撫でてみる?」

願ってもない誘いに導かれるまま、けれど恐るおそると近づいて、そっと触れてみたその毛並みの柔らかな手触りに、感嘆の息が漏れる。

「ふわっふわだね・・・!」
「ずっと撫でていられるぞ・・・!」

ウィンディは彼女の伸ばした手のひらに擦り寄るように頭を寄せていたけれど、大人しく私達にも撫でられてくれていた。彼女の方を視線で伺うと、こくりと一つ頷いてくれたので、堪えきれなくなった衝動のまま、ぎゅう、と抱きついてみたり、背に乗せてもらったり。一頻り堪能させてもらったあとに、そういえば名前すら名乗っていないことに気がついて、慌てて挨拶をした。



その女性  ナスタさんは、ワイルドエリアを拠点にブリーダーをやっているらしい。彼女は私達がジムチャレンジに参加することや、ワイルドエリアにはじめて来たことを知ると、エンジンシティまで安全に行くための経路と、ちょっと危ないけれど覗きに行ってみると楽しいかもしれないエリア、気をつけるべきポケモンなどをわかりやすく教えてくれた。

「迷子には・・・たぶん、ならないと思うけど。私は今日はキバ湖の東側にいるから、もし何かあったら遠慮なく声をかけてね」

ワイルドエリアの鉄則は、無理をしないこと、消耗してきたらこまめにキャンプを張って休憩することだよ、と人差し指を立ててしっかりと私達に言い含めてから彼女はまた柔らかく微笑んで、最後に餞別にとモンスターボールを私とホップに2つずつ渡し、ウィンディの背に跨がってまっすぐに坂を降りて行った。

「ウィンディ、早いなあ!」
「かっこよかったねえ・・・」

ウィンディの背に乗って颯爽と駆け抜けて行ったナスタさんの姿をしばらくぼんやりと見送ったのだけど、彼女にはその後もう一度お世話になることになってしまったのには、この時は全然、思ってもないことだった。



「あら・・・ずいぶん・・・大変だったみたいだね・・・」

へろへろになったホップと一緒にナスタさんのキャンプを訪れた時、彼女は最初の柔らかな笑顔を崩し、引きつるような苦笑いで私達を出迎えた。それもそのはず、好奇心に導かれるまま突っ走ったホップに釣られて、気が付いた時には二人で巨人の腰掛けまで進んでしまっていて、高レベルのポケモン達に囲まれながら、やっとの思いでキバ湖周辺まで帰ってきたところだったのだ。

もうあと一匹でも野生のポケモンに出会ったら限界…というところで、誰かのキャンプから登る煙が見えた時には本当に助かったと胸を撫で下ろした。まさかそれがナスタさんのキャンプだとは、見つけた時には気がついていなかったのだけれど。

「夢中になってたら、霧が出てきて…」
「ワイルドエリアは天気が変わりやすいからね」

ポケモン達の手当てをしてもらって、カレーをご馳走になりながら、今日何が起こったのかを二人で彼女に話した。身振り手振りを交えながら話すホップの様子に三人で笑っていたとき、そういえば、と彼女がホップの顔をまじまじと見ながら呟いた。

「ホップくんって・・・もしかして、ダンデくんの弟くん?」
「そうだぞ!ナスタさん、兄貴と知り合いなのか?」
「うん。そういえばダンデくんが、弟が今年ジムチャレンジするんだって言ってたなって思って・・・それに、きみが話してくれる感じが、ダンデくんがバトルについて話す様子にそっくりだったから」

ふふふ、と何かを思い出すように笑ったナスタさんの瞳が、さらに甘く柔らかくなったことに気がついて、私は思わず彼女の方をじっと見つめてしまった。ホップは彼女にダンデさんの子どもの頃の事を根掘り葉掘り訪ねていたので気がついていないようだったけれど、彼女とダンデさんはただの知り合いではなさそうだな、と小さな勘が働く。

  そういえば、ダンデさんには、有名な片想い相手がいるのではなかっただろうか。

もしかして、と思ったけれど、気になったそれを聞ける雰囲気ではなく、憧れの兄の話をせがむホップと、それに答えるナスタさんの話を聞きながら、はじめてのワイルドエリアの夜は更けていったのだった。



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