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帰国すると分かれば、その手続き以外にも母校へ戻る手続きや新居探し、引っ越しに仕事の引き継ぎ。やる事だらけを3日で熟し、千歳は早々に日本へ飛んだ。

東都大学大学院の博士課程の大学院生。
これが日本での千歳の肩書きである。留学から戻り、また論文を数本書くことになる。仕事ばかりしていたかったと溜息を吐くが、まあこればっかりは仕方がない。学生という立ち位置の方が、時間に融通が利き動きやすいのは確かなのである。

ピンポーン

「・・・今日も留守か」

今日の日本の都会では、マンションに越して来たからと隣近所に挨拶をして回る大学生は少ないと聞く。常識としてした方が良いという認識はあるものの、みんななあなあになっているものである。まあしかし、大学院生と言っても良い年齢となっている千歳はやっぱりそうも言っていられない訳で。左右と上下、ご挨拶にと足を運んだのだが右隣だけは何度訪れても留守なのであった。

殆んど動かない電気メーターに、物音一つ聞こえない隣室の住人は、ずっと留守にしているようなのだが、千歳が越して来てから一度、微かに物音がした日があった。けれどそれも真夜中のことで、流石にそんな時間に気が付いたからと挨拶をする訳にもいかず。次の日の朝には音沙汰なく、最早捕まえる術がなかった。
仕方がないので態々右隣用に挨拶の品を小さいものに買い直して、ポストに入れておくことにしたのはその日の午後だったのだが。

「「あ」」

ばたりと、出会ってしまったのは何かの縁か。
昼過ぎに入れた包みを手に持った隣人らしき人が、扉へ鍵を差し込むのと、千歳が玄関を出たのは同時。包みの表に分かるように一言添えてあったので、それが千歳からだと分かった隣人と声が重なる。突然のことに取り敢えず会釈をして、それからハッと気が付いたように向き直るとあちらも身体を向けてくれた。

「お帰りなさい。隣に越してきた諏訪部千歳です」
「すみません、ご丁寧にどうも・・・安室です」

顔と名前を取り敢えず、と笑った千歳に隣人も笑みを返してくれるが、少しぎこちない様子から早く部屋へ戻りたそうに見えた為、千歳も会話をするのは諦めた。

「いつもお仕事ご苦労さまです。お身体に気をつけて」

それだけ告げてその場を離れる。疲れていそうだし、あまり隣近所と関わるつもりも無いのだろう。長い留学から帰国したばかりで知り合いの少ない千歳は歳の近そうな彼に一瞬期待をしたのだけれど、向こうにその気がないのであれば知り合おうとしても仕方がないと早々に諦めた。のだが、

「あっ・・・これ、ありがとうございます」

通り過ぎようとした千歳を呼び止めるような言葉に、彼は振り向くとポストに入れておいた包みを掲げていた。

「いえ。ゆっくりお休みしてくださいね」

忙しそうだった為に、何か疲れの取れるものをと入浴剤をチョイスしたのだが、思いの外喜んで貰えたようで表情も綻ぶ。目元を緩めて微笑んで会釈だけすると、千歳はコンビニへ向かうために階段を降りた。



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