××.5 絆される

にゃー、という鳴き声を追うように、校舎裏へと足を進める。時間の余った昼休憩に、それはふとした思い付きだった。視線の先に見えた真っ黒な猫の後ろ姿に導かれるように、そろりと距離を取りつつ向かった先に  彼は、居た。

「ん・・・また来たの、おまえ」

こんなところにベンチとかあったんだとか、木漏れ日が丁度良くて気持ちの良い場所だなとか、そんなものが頭の片隅を過ぎりながらも、心操は目の前の"彼ら"の姿から目を逸らせなかった。
先程の真っ黒な猫は、足を投げ出してベンチに横たわる彼の腹の上に腰を据えて、そら撫でろと喉を鳴らす。彼は眠いのか気怠げに瞼を下ろしたまま、けれど猫の御所望通りに腕を伸ばして、嫌々ふうながら、その身体を包み込むようにして指先をくすぐらせている。その様が余りにも平穏で、気が抜けていて、何だかとても  幸せそうに見えた。

ふっ、と息を漏らしたのが聞こえたのか、問覚は顔の上に乗せていた、猫を撫でていない方の腕を退けるようにして、こちらへ薄らと視線を寄越した。邪魔をしてしまったかなと思う間もなく、声が掛かる。

「心操か。久しぶり」

なんてこともないように投げかけられたそれに、驚きながらも近付いた。体育祭からまだそれほど日が経った訳でもないのに、彼は他の人間と変わらぬ態度で、自分に話しかけられるのだと。

「久しぶりってほどでもないよ…ていうか、よく俺と普通に話そうって思えるね」

体育祭では彼に個性を使わせようとした時に洗脳が解けてしまったし、心操は彼とは違い結局トーナメントでも一勝も出来なかったから、大したことのない個性だと侮られているのだろうか。ムッとした感情を隠さずに乱雑に彼の寝ている椅子に腰掛けると、猫がびくりと震えたので、少し申し訳なくなったが、問覚は気を立たせる猫に腕を回して撫でてからそっと抱き上げると、身体を起こして膝の上に座らせる。猫は問覚の手と体温に安心したように丸くなり、またゴロゴロと懐いてみせた。

「別に、科が違っても普通に話せるよな?」

猫を見つめていた視線を持ち上げてこちらを向いた問覚の顔が、身体を起き上がらせた為か、思いの外すぐ近くにある。肩まである髪を後ろで纏めているので、体育祭の時とは違って、その表情が今はよく見てとれた。

「そういうことじゃなくて…」

その力強い視線に、少しだけたじろぐ。こんなふうに、真っ直ぐに見つめられる事に、心操はあまり慣れていなかった。小さな頃から、個性のせいで敵ぽいだとか、操られちゃうぞとか、謂れのない悪意のようなものに晒されてきた心操には、そういう真摯な力強さのようなものを向けられる事が極端に少なかったから。
個性のことだよ  と自分からは言うに言えずに、何で隣に座っちゃったんだろ、と溜息を吐き出した。つい最近、心操はA組担任のイレイザーヘッドに声を掛けられて、ヒーロー科編入の為の特訓をつけて貰える事になった。それに舞い上がっていたのだろうか。こんなふうに、なんてことも無いのだと侮られているなんて、やはり自分にはヒーローなんて、遠いまた夢のようなものなのか。

「じゃあ、なに?」

本当に不思議そうに、首を傾けて。そして、普通に会話をするものだから  なんだかムキになっている自分の方が、馬鹿らしくなってきてしまう。

「俺の個性分かるだろ。なのに、なんで普通に会話できんのって話」

そう、苛立ちを隠す事なく、ハッキリと口にした。
にも関わらず、目の前の相手は首を傾けたままで、心操の言った言葉の意味を考えているような素振りをみせる。それは何とも間が抜けていて、それを見ていると、肩やら眉間やら、そういう余分なところへ入ってしまっていた力が抜けていくようで。

「そんなこと言ったらさ  お前だって、俺の個性分かるだろ。俺のの方が、嫌な人多いと思うけど」

問覚は嗚呼、と漸く納得いったというように頷いて、それから、ふふ、と悪戯げに微笑んだ。

「個性使ったら、どこまでも見たり知ったりし放題だから。盗み聞きとか、盗み見だけじゃなくて  お前の虫歯の数とか、大体の3サイズとか、足の大きさとか、他人に知られたくないこと、他人は知らなくてもいいこと、俺の個性なら全部分かるよ。そんな俺に、よく簡単に近付けるよね」

つらつらと続け様に言われた台詞に面食らう。指で作った輪を覗き込むようにしながら、何の色も無い能面のような無表情でそんな事を言う彼に背筋がゾクリとする。そして、心操の言った言葉に倣らうようにしてその台詞を締めくくった彼は、それまでの表情から一転してにやりと口角を釣り上げると、どうだ、と言わんばかりに笑ってみせた。そんな様子に、腹の底から何か無駄なものが噴き出すようにして、ふは、と笑いが溢れ出る。

「確かにね・・・ふふ、ごめん。俺が気にしすぎだった」
「まあ、俺はお前には一度やられてるからね。警戒しないの?と思う気持ちはわからなくないけど」
「無闇矢鱈に人に使わないって、分かるか」
「うん。俺だって、無駄に知りすぎないように情報は取捨選択出来るように訓練したし・・・そもそも、個性を乱用しないっていうのは、身に染みてるしね」

人が他人に知られたくない事も知ることが出来てしまう個性と、他人を意のままに操る事の出来る個性。全く違うものだけれど、"人"に作用し、そして全能性の高いものとして、少し似たようなところがあるかもしれない。お互いそういう個性だからこそ、出来るだけ普通に生活をするために幼い頃から訓練してきただろうことや、他人や周りからの見られ方や、それに対する考え方など、理解し合えるところがあるのだろう。
言わなくても分かるだろ、とばかりに話す互いがなんだか段々と可笑しくなってきて、ふ、ふふ、と2人でくすくすと笑い声を漏らして、終いには声を上げて笑う。流石に気に障ったのか、猫が問覚の膝から飛び降りて、茂みの影に消えて行ってしまった。

「あ、」
「アイツさ、前に木の上でにゃーにゃー鳴いてたの助けたらすっかり懐いちゃったみたいで・・・よく俺のとこに来るんだよね」
「へぇ」

まだ触ってないのに、とその後ろ姿を名残惜しく見送ると、問覚はそう言ってこちらをチラリと見る。

「俺もここ、よく居るから」

そしてそんなことを言って、柔らかく瞳を細めて微笑む。普段はこうやって笑うやつなのか、とその表情を見つめていると、問覚は心操が何も反応しないことに居心地悪そうに視線を彷徨わせて、それから、頬を掻きながら、おずおずとこちらを見上げた。

「あれ、猫好きなのかと思ったんだけど・・・違った…?」

その言葉に込められている様々を理解して、そして、それがなんだかとてもくすぐったくて、誤魔化すように笑い声を上げた。笑われたことで恥ずかしくなったのか、少し照れたように頬を染める問覚の姿に、心操はむず痒いものを感じていた。



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