09 襲来-1

RESCUE訓練。
本校舎からバスに乗って広い雄英の敷地内を移動した先、どデカいドーム型の施設がUSJ  嘘の災害と事故ルーム  スペースヒーロー・13号が監修したレスキュー特化の訓練施設である。1Aの生徒達が13号の「お小言」をいくつか聞き、さあいざ訓練を始めようかというその時、相澤が階段下、視界の隅に何やら黒い靄を見咎めて、その違和感を注視した。

「ひとかたまりになって動くな!!13号!生徒を守れ!!」

焦ったような声に、直ぐにその視線の先を追う。眼下に見える、黒い靄から出てくる何十人もの人間達は、まさか全員敵だろうか。もしかして入試の時と同様に"もう始まっている"パターンか、それを覗き込みながら呑気に呟く切島を横目に、問覚は認識範囲を噴水の前の靄まで広げた。

「動くな!!あれは敵だ!!」

まだ状況の飲み込めない生徒達に、相澤が再度声を張り上げる。あんな人数を相手にできるだけの戦力が、今この場にあるのかと言われると微妙なところだ。こちらは戦闘経験などないずぶの素人ばかりで、戦力になるようなレベルではない。

「13号に…イレイザーヘッドですか…先日頂いた教師側の"カリキュラム"ではオールマイトがここにいるはずなのですが…」
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
「どこだよ…せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて・・・子どもを殺せば来るのかな?」

悪意の塊のような歪で禍々しい存在感に、背筋がぞわりと泡立った。
これが  これが本物か、と。これまで様々な事件の資料、記録、報告書に目を通し、そういった"悪意"には慣れたつもりでいた  そういう現実があるのだと、知識として分かっていたつもりだった  ただ知っているだけと、現実に晒されるのとでは、こうも違うのだと思い知らされる。

「現れたのはここだけか、それとも学校全体か・・・何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうこと出来る"個性"がいるってことだな」

そう言って現状を分析する轟の声を聞きながら、敵群勢を個性で確認する。センサーの対策が出来る個性…電気系か電波系、あとは赤外線に干渉できるようなもの…なんにせよ、そういう類の個性のヤツは、往々にして機械類や補助アイテムを携帯している  とその時、緑谷の大きな声が、問覚の意識を目の前の会話へと引き戻した。

「先生は!? 一人で戦うんですか!?イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の“個性”を消してからの捕縛だ、正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

緑谷の静止を振り切り、そう言って一人飛び出していく相澤の背に、呼び掛けてしまいそうだった声をグッと押し殺し、問覚は何も出来ない己の拳を握りしめる。敵を投げ飛ばし、捕縛布で無力化していく相澤は今のところ周囲を圧倒してはいるが、それでも、あの人数では、と不安でそちらばかりに集中していたものだから  広場の警戒網をすり抜けたワープの個性らしい黒い靄が、こちらへ来ている事に気が付くのが遅れてしまった。



飛ばされた先、轟が靄から落とされるのと同時に氷を広げたのを目の端に捉え、切れてしまった個性の認識範囲を再び最小で展開させ、空中に留まった。轟の氷が敵達を凍りつかせ、辛うじて動ける者も一瞬にして捌かれる様を横目に、先程の中央広場まで範囲を一気に拡張させる。相澤が戦い続けている  疲労の滲む様子、まだ動きもしていないリーダーらしき男、そしてその隣にいる大男。それらの異様な様子を覗き見て、そして更に認識範囲を拡張させた。範囲は  この施設全てを網羅するほどに。

(隣の倒壊ゾーンに3人、山岳ゾーンに3人。階段上には13号以外に6人か…水難ゾーンに3人、大雨ゾーンに2人、火災ゾーンに1人…みんな施設内にはいる)

「なにやってんだ?」

掛けられた声に意識を瞳に戻すと、尋問終わりの轟が下からこちらを見上げていたので、問覚は個性を解いて地面に降り、その隣に並んだ。USJ内全体を見てみんなの安否確認をしていたと伝えると、轟は驚いたように瞳を丸めてこちらを見た。

「全体って・・・このデカい施設全部か?」
「うん。他のエリアもだいたい何とか出来てるみたいだった」

肯定するように頷くと、轟は問覚の個性に驚きをみせたが、他のみんなに大きな危険のないことが分かると、目の前の敵達に向き直った。

「さて…なあ、このままじゃあんたらじわじわと身体が壊死していくわけなんだが」

その隣で、問覚はまた足元から中央エリアへ認識範囲を伸ばしていく  山岳ゾーンの八百万達が大勢の敵を撃退したところ、そして  

「八百万、まだいるぞ!!  ッ、ごめん轟、俺もう行くな!!」
「問覚!?行くってどこに!」
「中央広場!!」

相澤が、敵のリーダーらしい手首男に肘を崩される  それが見えた瞬間、問覚はその状況に息を呑み、追撃に向かう雑魚の動きを止めながら駆け出した。なんでこんなに距離がある  はやく、はやく  あの異様な大男が圧倒的な力で相澤を押さえつける  ッ、やめろ・・・ッ!!



「ッせんせ、」

両腕をグシャリと小枝でも折るかのように潰される相澤の呻き声に、問覚の頭に血が昇る  やめろ、やめろ、やめろ!!  まだ届かない  最短距離を駆ける最中、頭をゆっくりと持ち上げた敵の腕の動きを妨害すると、そのあまりの力に問覚の中指が折れる。一瞬止まった動きは、何かに引っかかったような違和感しか与えられなかった。

「ぐっ、」

このままでは、イレイザーが死んでしまう  駆け出す勢いだけじゃ足りない、間に合え、間に合え、間に合え!!  認識している空間をさらに詳細に分けて、圧力を、空気の重みを、背に乗せる。掛け算に掛け算を加えていく。背中が、軋む。

「離せッッッ!!!」
「あ?なんだお前」

これまでに無い力で蹴りを放つが、それでも、一瞬相澤から腕が離れた程度。

「生徒か・・・?パワー系?」

薙ぎ払うように振るわれる腕を止めるのに、今度は薬指が折れる。汗の滲む痛みに、けれど一瞬生じた停止は避けるのには充分、と続けて蹴りを繰り出そうとしたとき、あの黒い靄が手首男の近くへ戻ってきた。何やら相談を始めたようだが、そんな事よりも今の俺には目の前のコイツを退けることだけだった。

「死柄木弔」
「黒霧、13号はやったのか」
「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして…一名逃げられました」
「………は?」

大男の動きはかなり鈍いが、攻撃が効かない。ダメージが入っている気がしない  はやくコイツを退かして、イレイザーの応急処置をしないと、はやく、はやく  

  その前に、平和の象徴としての矜持を少しでも  へし折って帰ろう!」
  ッ、」

すぐ近くで、緑谷と蛙吹と峰田が見ているのは知っていた。けれど息は潜めていたし、敵達も興味のないような様子だったから油断していた  突如襲い掛かる手首男を止めるべくそちらへ意識の重きを移し、その手が届く前に動きを止める。

「本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」

蛙吹の顔に触れる寸前でピタリと止まり、同時に個性の消された手首男が愉快そうに相澤へ振り向いた。そして大男の敵が、相澤の頭を再び地面に叩きつける。

「ッあ、」

その一瞬の後悔やら迷いやらの間に、緑谷が手首男へ殴りかかる。

「手っ放せぇ!!」
「脳無」

一言、呼ばれただけで動く大男を止める事も出来ず、何をするべきなのか、判断のつかない間。

「えっ、」
「いい動きをするなあ…スマッシュって…オールマイトのフォロワーかい?」

緑谷の超威力の攻撃も意に解さない様子の大男敵にハッと我にかえり、未だ動けずにいる蛙吹の方へ駆け、再び手を伸ばそうとする手首男の動きを止める。

「まあ、いいや君  、なんだ?動けない、」

その瞬間、USJの正面入口のドアが吹き飛び、オールマイトが現着した。



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