「君が、問覚統くんかな?」
「・・・だれ?」
「ヒーロー公安委員会の者で、目良と言います。少しだけお話したいんだけど、いいかな?君のその 個性について」
声を掛けた瞬間、その紺碧の瞳が青白く発光する。判断力と反応速度も素晴らしい、と目良は顔にうっすらと貼り付けた微笑みの下で深く頷いた。報告書に書かれていた通り、彼の能力の有用性はかなり高い。 関西圏のヒーロー達から送られて来る報告書には、時折、とある人物の存在が記されている。
"現場の状況提供をした白髪の小学生"、"透し立体図のようなものを脳に直接伝える個性を持った子供"、"敵アジトの見取図と配置状況を提供してくれた一般人"
そんなふうに書かれたその存在を、部内では密かに" などと呼んでいた。その存在が出現した時、事件はどんな悶着状態からも速やかに解決する。まるで神か何かが、ヒーローに手助けをしているかの如く。恐らく同一の、関西圏に住む一般人の個性だろうとされていたそれを、まさか上層部が探していようとは。
この目の前の子供 問覚統がその正体。
行く先々で、何か事件がある度に個性を使ってヒーロー達に助力していたらしいこの子を、上層部はヒーローとして教育すべきだと宣った。"前例"のように優秀なヒーローに育て上げるべきだと。万が一、敵側にこの子の個性が利用されない為にも、幼少期から囲ってしまうというのは一定の効力を持つのかもしれない。けれどそれは、この子の自由を、意志を奪ってしまうのと同義では、と思っていたのがまずかったのか、お迎え役に任命された目良は、今日も今日とて足りない睡眠量に頭を抱えながらその場に赴いた。
「アンタがほんまにヒーロー関係の人なら、話とかはお巡りさんとこで聞くわ」
「なるほど…構いませんよ」
「あと、周りの奴らあと一歩でも近付いて来たら、アンタも信用しいひんからな」
「・・・分かりました」
歓迎されるとは思っていなかったが 想像以上に刺々しい対応をされた目良は、さっきまで感じていたこの子供への憂いも忘れて、やはり"彼"のように、もっと幼少期から見つけておけば楽だった などと思ってしまって頭痛のする頭を押さえた。これから最寄りの警察署に話を通さねばならない。この場である程度話せれば楽だったのだが 嗚呼また睡眠時間が減っていく それくらい、出会ったばかりの問覚統は、子供に似つかわしくない警戒心を持った子供だった。
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「こんにちはー。なんか"後輩"が出来たらしいって聞いたんで、見に来ました」
そんな呑気な台詞と共にその男がやって来たのは、問覚統を本格的に教育し始めた頃の事だった。
「ホークス」
もう免許もとってインターンでは現場でバリバリに活躍している彼は、卒業を控えるだけの身で割りかし暇なのだという。目良の前に大人しく座り、黙々と資料を読み込んでいた問覚統は、そんなホークスの登場にぱちぱちと瞬きをしている。
「・・・本物の、ヒーロー?」
「そうだよ・・・って言って良いんですかね、まだ学生だけど」
「良いんじゃないですかね、たぶん」
「…とのことで。君の先輩、ホークスです」
「先輩」
「そ」
ホークスの姿にすっかり思考停止したような様子で、呆然とその姿を見上げている彼の姿はあまり見たことのないものだった。当初の警戒心はもうめっきり形を潜め、普段の統はとても真面目で優秀、勉強熱心な子供だった。
「・・・す、」
「す?」
「すっげぇ!!俺、ホンマもんのヒーローとちゃんと喋るん小っさい頃以来や!!」
そして、真面目な賢さの中に年相応に無邪気さを合わせ持つこの子を、目良は存外気に入っている。
「統、関西弁」
「あっ、だっ、だって…」
公安の教育方針で標準語を練習させられている彼は、普段目良や公安の人間と話す時には標準語を話す。それが吹き飛んでしまうのは、感情が昂った時や、訓練が上手くいかなかった時。
「宿題増やしますね」
「はぁーい。・・・それよりホークス!ヒーローって普段どんな事しよるん!?」
「統」
「あっ、う…」
ホークスの登場は、思いの外この子の興味を刺激したらしい。ホークスの話にきらきらと輝く表情を見て、仕方がないなと溜息を吐き出したのに目良の口元は緩んでいた。そして、そのように彼を微笑ましく感じるのは、目良だけではないようで。
「・・・何やってるんです、ホークス」
突然話すのをやめたかと思うと、無言で統の横まで回ったホークスは、両の脇の下に手を差し込んで、彼をそっと抱え上げた。急に抱き上げられた統はまたもや固まっている。両親を亡くした後、個性が落ち着いてから養護施設で育った彼にとって大人に抱き上げられる機会など殆んど無く、彼をそうそう甘やかす相手も居ないだろうから、理解が追いつかないのかもしれない。青い瞳がぱちぱちと瞬いている。
「いや、持って帰ろうかと」
「やめなさい」
「え、だってこの子・・・めっちゃかわいくないですか?」
「・・・だとしても持って帰らないでください」
「かわいいのは否定しないんですね」
すっかり気に入ってしまったらしいホークスは、そう簡単に彼を離す気はないらしく、片腕に抱き上げたまま、先ほどまで統の座っていた席に腰を掛けた。
「うわあ、懐かしいなぁこれ。俺も勉強しましたよ」
資料をぺらぺらと捲りながらそう言って、ホークスは統に分からないところとかない?と尋ねる。目良は面倒くさい男に気に入られてしまったものだと諦めてそれを傍観していると、統はホークスの問い掛けに首を振りながら、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「目良さんがいつも分かりやすく教えてくれるから、分からないところはあんまりないです」
「・・・」
「・・・なんですか」
「・・・いや、なんでもないです」
目良はホークスから無言で突き刺さる視線を黙殺すると、統に今日の分が終わったらホークスに色々話を聞くと良い、と言いつけて、飲み物を取る為に席を立った。 その後、ホークスがよく顔を出すようになり、統があっという間に彼に懐いてしまうまで、一月もかからなかった。