推薦入試の実技試験、障害物有りの3kmマラソンはエンデヴァーの息子・轟焦凍と風の個性の夜嵐イナサの組が非常に見応えがあった。二人僅差で例年の平均タイムを3分も上回るスピードでゴールし、見学していた教師陣もそのレベルの高さに盛り上がりを見せる。
「いやぁ、素晴らしい!」
「今年は豊作だねぇ!!」
後続の組が続々と終了する中、相澤はちょうど一番最後の組、特筆して目立つ動きでは無いにしろ、周囲の連中を避けて交わして時には利用すらして、上手く立ち回りながら全体5位でゴールした少年に、どことなく既視感を覚えてその姿をジッと見つめていた。
「どうしたの相澤くん?」
「いや…あの18番、なんか見たことある気がして…」
遠くからでも目立つ藍白の髪を無造作に後ろでまとめながら、周りの受験生達と適当に会話をするその少年の視線が、ちらりとこちらを見上げる。教師陣が見学している事など気が付いていないような受験生が多い中、視線が交わった気がして驚きから固まっていると、その少年はパッと表情を綻ばせて、そしてぺこりと小さく頭を垂れた。
「・・・?」
「知り合いなの?」
「いや、特には・・・」
18番 問覚統。どこかで会ったことがあるだろうかと頭を悩ませても、その答えはすぐには出て来なかった。
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「推薦入試の合格者決まったんだって?」
年明け、合格発表やら手続きやらを終えて受け取ったばかりの推薦入学者の書類を眺めていると、隣からマイクが覗き込んできた。
「ア?5人?」
「ああ。一人辞退が出たらしい」
「マジかよ!なんで??」
「さぁな」
問覚統、取蔭切奈、轟焦凍、骨抜柔造、八百万百。
「夜嵐いねぇジャン!!」
「その夜嵐が辞退したらしい」
「実技一位勿体ねェーーーッ!!」
いつもの如く騒がしいマイクに適当に返しながらそれぞれの詳細データの書類を捲ると、問覚の個性の欄で手が止まる。
指定した空間に知覚・干渉できる
その個性の事を、相澤は知っていた。もう十年近く昔、まだ雄英を出たばかりの新人だった頃、京都で起きた敵の暴走事故に巻き込まれて亡くなった被害者の、
「ん?問覚?」
「問覚統、そうか…もう、高校生か」
嗚呼、思い出した。そうか、あの時の 個性の発現したばかりの混乱と、両親を亡くしてしまったという悲劇とを同時に背負う事になってしまった幼い子供。
抹消でその個性の暴走を止められるという点と、子供が何故か相澤がいると精神的に落ち着きをみせることから、相澤は事故後も彼の個性のコントロールの訓練にも何度も付き合い、きちんと使い熟せるようになるまで面倒をみた。たった数年の付き合いだったが、目付きが悪く、決して人好きするとは言えない自分に、何の疑いもなく真っ直ぐに信頼と好意を寄せてくれる幼い子供の事を、随分と可愛く思っていた自覚はある。彼が病院を出て施設に引き取られてからは連絡を取る事も無かったので、そんな思いもすっかり忘れてしまっていた。
「イレイザー?」
随分と懐かしい。個性の使い方も見違えるほど上手くなって、あの幼な子が、まさか、ヒーローを目指しているなんて。あの時彼がこちらを見上げて微笑んで頭を下げたのは、自分の事を覚えてくれているからなのだろう。
「この子、知ってんの?」
「昔、ちょっとな」
あの頃一身に向けられていた、無邪気な信頼を思い出してふっと口元が綻ぶ。あれから、あの子供はどんな少年になったのだろう。直接話すのが楽しみだ なんて事は、あまり口に出さない方が良いのだろう。だって、来年度、相澤は彼等の学年の担任となる予定なのだから。