××.5 矛を収める

あれは  そう、入学して割とすぐの、屋内戦闘訓練をした頃のことだったと思う。

昼寝をしたところへ弁当の包みを忘れた事に気がついたのは、放課後、最後の授業が終わった後だった。回収してから帰ろうと校舎裏へ向かうと、俺が昼間居た場所に佇んでいる背中があった。近付いてみるとどことなく見覚えのある顔に、あれ、と声をかければ目の前の彼はくるりと此方へ振り向いた。

「あれ?お前たしか、B組の…」
「・・・これ、君のかい?」
「ああ、そう!ありがとな」

手渡されるそれを受け取るのと同時、ぐっと手のひらを包まれる。ありがとう、とお礼を伝えると、目の前の彼はなんとも言えない顔をした。次いでグラリと、頭を押さえるようにして身体をふらつかせた。

「うわ、なんだこれ・・・情報量が、」

慌てて抱き留めると、彼はそんなふうに言って顔を青くする。目を回しているような様子にどこか既視感があり、もしかしてと形の良い丸い頭に自分の額をコツリと押し当てた。

「な、にする、」
「うわ・・・お前、個性コピーか」

流れ込んでくる情報は、俺にとっては見慣れたそれが、ぐちゃぐちゃに混ざったようなもの。これは混乱をする筈だと、額を合わせたまま両手を取り上げて指先を弾いた。

「ほら、こうやって整理して  範囲を抑えて  全部じゃなくて、識る情報を選ぶんだよ」

そうして濁流のようだった情報の波を整えて、範囲を狭めて綺麗にして、蛇口を捻るように収束させると、すぐ目の前の彼はハッとしたように俺から飛び退いた。

「なっ、な・・・ッッ!!」

頬を赤らめながら狼狽える様子に、もしかして反動で熱でも出たかと空いた距離を詰めて手のひらで額に触れると、彼はさらに顔を赤くして動きを止めた。触れた手のひらから伝わる熱はそれほどでもないようだし、少し休めば大丈夫かと固まったのを良いことにそのままベンチに座らせる。

「水飲むか?」

そう言って首を傾けると、目の前の彼は顔を両手で覆ってしまった。

「えっ、やっぱ具合悪い?」
「君バカじゃないのかッ!?」

そう言って叫ぶと、彼はつらつらと己の事について捲し立てると、逃げるように走って行ってしまった。

それから、彼  物間は、俺の個性を勝手にコピーした挙句、酔って世話をかけた事を気にしたのか、アレから屡々ここへ顔を出すようになった。
話すことが増え、俺の個性の扱い方などを教えるうちに随分と気安い仲になった気がする。癖のある物言いをする奴ではあるが、頭の回転も早いし、彼と話すのは楽しい。昨日授業でこんな事があったと俺が話すと、彼は渋々、少しだけB組の事も教えてくれたりする。

「ねえ問覚・・・お前、他人の膝を勝手に占拠するのはどうなわけ」
「肩だと重いかなって思った俺の優しさなんだけど」
「この僕を枕にするのを止めろって言ってるんだよ、分からないのかい?」
「んんん、」
「おい、寝るな」

文句を言いながらも乱暴に退ける事はしない物間は、諦めたようにため息を吐くと、俺の後ろ髪を束ねているゴムをぱちん、と外す。さらさらと手櫛を通す指先が気持ちよくて、俺の思考はゆっくりと微睡んでいった。



すっかり眠ってしまった問覚を前に、物間はもう一度ため息を吐き出した。

「まったく、他人の気も知らないで…」

つい先日、1-AはUSJでの実習中に敵に襲われた。生徒側への大きな被害は無かったそうだが、A組担任のイレイザーヘッドや13号は入院が必要なほどの怪我を負ったらしい。この膝で呑気にも眠りこけている彼もその場に居合せ、敵に抗ったという。本人は大したことは出来なかったと言っていたが、彼の個性を使ったことのある物間には、その場で問覚がどう動くのか予想が出来る。

  どうせ、USJ全体を見て、不利な奴等のところへ助けに向かったのだろう。そして無理をしたに違いない。彼はそういう奴である。

問覚は個性の使用量に比例するようにして睡眠を取る。これは負荷をかけている脳を休める為であり、個性を使う上で必要不可欠な事であるから、怠惰で寝ている訳では決してない  いつだか、何故いつも寝ているのかと尋ねた際に、そういうふうに言って、彼は戯けたように笑っていたが、これは恐らく真実である、と物間は考えている。
普段の実習程度の時は、昼寝は必要なく、弁当か食堂か、昼食を済ませた後は此処で本を読んだり、猫を構ったりしている。時折放課後に何処かでやっているらしい訓練のあった翌日は、昼食も取らずに眠っている事もある。そういう諸々、ここ数ヶ月見ていて感じたこの考察には自信があった。
そして問覚は、ここ数日、毎日のように昼食も取らずに昼は此処で眠っているようなのだ。余程無理をせねばこうはならないだろう、というのが物間の見解だった。

1-Aは敵に見事打ち勝った、とあれ以来校内でも話題の的で、問覚みたいな目立つ容姿の奴は尚のこと視線を集める。そんな彼がこうして自分の前では気を抜くというのは、どこか物間の自尊心をくすぐるものがある。B組である物間にとって、比較対象であるA組は目の上のたんこぶのようなものなのに、問覚のことは気に入ってしまっているから、世の中何ともやり辛い。
A組は推薦入学者3名の21人。推薦組である問覚は、どちらに割り振られてもきっとおかしくなかった。

「あーあ、君がB組だったら良かったのにね」

風にそよぐ前髪を耳にかけてやりながら、物間は仕方ないなとばかりにそう呟いて、軽く息を吐き出した。



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