岩泉が触るのをやめたからといって、諏訪部が岩泉の家に来る回数が減る事は無かった。その"好きな人"とやらに時間を割けばいいのに、そっちの方は"順調だから"とか言って、今日も諏訪部は岩泉の部屋にいる。
「お前・・・そういうの止めろ」
「そういうのって?」
すぐ隣、身体が触れるほど近くに腰掛けて、頭を肩に乗せてくつろぎ、指先は手持ち無沙汰なのか岩泉の手で遊んでいる。諏訪部がよくする行動で、互いの体温が混じり合うあたたかさや、その香りやらに胸が疼く。けれど、お前は、だから、好きなやつが、いるんだろう?
「だから、そういう、誰にでも擦り寄るような、」
「岩泉は俺が誰にでもこうしてると思ってるの?」
ぐっと肩に手をかけて退けるようにすると、諏訪部は自ら身を起こして、岩泉の顔をジッと見つめた。
「っ、だって現にお前、俺の前だといつも、」
その視線が、言葉が、何を意味するのか理解が出来ない。
「うん、岩泉が相手だといつもこれくらいの距離だよね。それは、俺がそうしたいからだよ」
胸の奥が跳ねる。そうしたいから、って何だ。諏訪部の言いたい事がまるで分からず頭が混乱するのに、僅かな期待に頬に熱が登る。
「は・・・なにいって、」
「俺の好きな人ね、しっかりしてるのに、変なところ抜けてるんだよね。一番最初の時、俺に『お前のことたぶん好きだ』とか言っておきながら起きたら忘れちゃうくらい、大事なところ抜けてる人なんだよ」
「は、?」
捲し立てるように口を動かす諏訪部が、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。さっきまで寄り掛かっていたベッドがあるせいで、徐々に狭まるその距離から逃げる術がない。
「俺のこと好きで独り占めしたくて、俺の従兄弟や友達にまで嫉妬して噛み散らかすのに、自分の気持ちにはさっぱり気がついてなくて、欲望には敵わなくて何回も手出しては後悔繰り返して堂々巡りして、けど変なとこ誠実だから俺に好きな人いるって聞いたら急に自分のしてることが悪いことに思えてきて動けなくなって、漸く気持ちに気がついたけど俺が違う人のこと好きだと思ってるから辛くて仕方なくて、でもその俺の好きな人もお前なのにほんと、おかしいよね」
諏訪部の、こんなに楽しそうで、それでいて意地の悪い表情なんて初めて目にする。すごい勢いの言葉の羅列を、遅れてじわじわと理解し始めた時、ひたりと、顔を包み込むように諏訪部の手のひらに覆われた。すぐ目の前にある、近頃触れられていない柔らかな微笑み。
「 おれ、岩泉のそういうところ全部、可愛くて仕方ないんだよ。今まで黙っててごめんね」
そうして優しく、いやに優しく唇が降ってくる。ちゅ、と触れては離れるのを何度も繰り返して、それにすっかり固まって動けなくなってしまった岩泉を見下ろして、諏訪部はこれまで見てきた中で一番色っぽく、とびきり甘やかな表情で微笑んだ。
「ふふ、真っ赤」
「・・・うるせぇな、」
かわいいね、と言われてまた降ってくる唇に、その腕を掴まえて頭を抱え込んで、強く強く引き寄せた。
・
あの日、コンビニの安酒に変な酔い方をしてしまったらしい岩泉は、突然諏訪部の手を握って、真剣な顔をしてこちらを見つめた。それまで楽しく話していた雰囲気とは打って変わったそれにどうしたのかと首を傾けて、そっとその名を呼ぶ。
「岩泉?」
真っ直ぐな視線が突き刺さるようで、その力強さが心地よく、俺はその口が開かれるのを黙って待っていた。
「 俺、」
「うん」
高校の頃から思っていたけれど、誠実さとか、実直さとか、そういう芯の強さのようなものがスッと一本通っている力強い瞳を、諏訪部は好ましく思っていた。
「おまえのこと、たぶん、好きだ」
「すき?」
「ああ。触りてえ」
だからその口からその言葉が紡がれた時、そういう意味でそっと、おっかなびっくり触れようと伸ばされたその手を、拒む事をせず受け入れた。
「おれ、まだそういうとこまで行けてないけど、」
「…おう」
「岩泉にさわられるのは、嫌じゃない」
それでもいいか、と尋ねると、目の前の真剣な顔は、くしゃりと崩れて、嬉しさと照れくささのない交ぜになった笑みに変わった。
その顔を見た時には、たぶん、もう。