無自覚に潜む真心を眺めて

「千歳おかえり」
「ッ、ただいま」

同居人が珍しくも外泊をしたらしい。研磨が掛けた声にギクリとしたように肩を震わせる千歳に、どうかしたのかとつい顔をそちらへ向ける。そうして、研磨は視線をピタリと止めた。

昨晩は飲み会だったことも、そこで知り合いに会ったので遅くなるから泊まってくるかもしれないということも、連絡をもらっていたので心配はしていなかった。そもそも男友達相手に朝帰りの一つや二つを心配するほど研磨は他人に干渉することを良しとしていない、のだが。

「・・・千歳、ちょっと来て」
「・・・うん?」

そこに座って、と床を示すと、千歳はいつもよりもゆっくりと歩きながら、研磨の硬い表情を見てか、示した研磨の直ぐ前のその場に素直に正座をした。指先を伸ばして、その首元をグッと引き下げる。

「これどうしたの」

そこにあったのは赤黒い鬱血痕で、引き下げたことによりその更に下側にも痕がいくつも付いているのが視界に入る。研磨だって他人の"そういうこと"にいちいち首を突っ込んだりしたくない。何より面倒くさいし、もういい大人なのだからそういうこともあったりするだろう  けれど。

「ちょっと尋常じゃないんだけど・・・流石に心配する」

キスマークの一つや二つの可愛らしい話ではない。色もおかしいくらいに濃いし、よほど強くしなければこんなことにはならない。相手は確実に、千歳よりも力の強い人間だろう。

「・・・一応、合意だから」
「一応って・・・乱暴された訳じゃない?」
「うん、大丈夫。ちょっと加減できなかっただけ・・・だとおもう」

視線を気まずそうに彷徨わせる千歳が可哀想なのでこれ以上は追求しないことにしようと溜息を吐くと、千歳がちらりと研磨の方を見上げた。

「…気持ち悪い?」

何を言いたいのか分からなくて、研磨は一瞬思考を止めた。

「・・・そういうため息じゃなくて、これは千歳を心配してのため息」

研磨にとっては他人が誰を好きか、それが男か女かなどという事は随分前からかなりどうでも良い事になっているなんて(研磨の一番身近な人間の一人はもう何年もこの目の前の男相手にうじうじと好意を抱えたままであるし)千歳は知る由もない事なので、そういうふうに気まずく思ってしまうのも仕方のない事だろう。

「そっか」

研磨の返答に強張っていた頬を緩めた千歳は、そう呟いてから、ありがと、あと少し寝る、と笑って部屋へ戻っていった。



それから、千歳は時折外泊をしてくるようになった。頻繁に家を訪れる黒尾も流石に千歳にそういう人ができた事に気がついたようで、研磨にとってはそちらの方が大変重大な問題で、面倒くさいの極みを極めていた  最初のうちは。

「・・・ねえ千歳。お節介だと思うけど、ちょっと、ほんとに大丈夫なのか心配になるんだけど」

千歳は努力して隠していたが、そういう痕や痣のようなものは、一向に減らなかった。もしかしたら被虐趣向があるのかもしれないが、普段はそんな素振りをかけらも見せないし、むしろ他人のことは揶揄う側であるはずで、やっぱりらしくないと思う。そのあまりの痛々しさに研磨ですら時折り口を出さずにはいられなくなるほどだ。

「大丈夫だよ。ただなんか…相手がさ、俺のこと好きって言ったの覚えてないみたいなだけで」
「え・・・は?恋人なんじゃないの?」
「俺はそう思ってたんだけど、相手はそうじゃないみたいだね」

そこまで聞いた研磨は、ちょっとそこに座って、といつかと同じように千歳を座らせると、痛む眉間を指で揉み込みながらどういうことだ始めから説明しろと詰め寄った。やはり怒られる自覚があるのか、千歳は今日も今日とて大人しく正座をする。

「最初に、好きかもって言われて、試しに付き合ってみようかってなった時に、2人ともかなり酔ってて」

その後、まあ色々した訳だが、相手はおそらくその時の会話や成り行きを何も覚えていなくて、覚えているのは千歳の方だけだったようだ、とそれから数回会った辺りで気が付いたらしい。

「そのとき、まだ俺も気持ちが"好き"までいってなくて、だからとりあえずこのままでいっか、って思って」

一緒にいる時間を増やして、少しずつ"好き"に傾きかけている"すき"を育てていけば良いかなと思ったという千歳に、研磨はなんだかもう色々と頭を抱えたくなった。だって、その間にもやることはやっていたらしいのである。相手は千歳のことを一体何だと思っているというのだろう。それってそういうオトモダチですよね、とは思っても言わないし決して言えなかった。

「その人は本当に、千歳のこと好きなの・・・?」

あまり言いたくはなかったが、これは結構重要なことである。千歳がそれで良いと言ってはいるが、相手が適当な奴で、最初に酔っているときに言った言葉も適当で、千歳をいいようにしているのであれば、研磨は彼を大切に思う一人として一言物申さねばならない。

「他のやつの名前出すと嫉くし、好きなんじゃないかな?でも自分の中の俺への好意には気付いてないから、きっといま、頭の中大混乱なんだと思うけど」

研磨の心配も余所に、千歳はそう言ってくすくすと笑うので、何やら本人はこの状況を楽しんでいるらしいと分かって、研磨は深く深くため息を吐き出した。

「なんか心配して損したかも」
「ふふ、ごめん研磨。ありがとね」

千歳にまさかそんな趣味があるとは思わなかったし、何なら知りたくなかった。今回のことで、やっぱり他人の色恋に口を出すものではないな、と研磨はよくよく学んだのだった。



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