大事なあの子を僕にください

夏にあまりゆっくり帰省できなかったからか、菅原一家とみんなでわいわいご飯を食べた年末年始の帰省の最中。
部屋で一息ついたその時に、黒尾と少し電話で話していた千歳は、背後から近付いてくるその気配に気がつかなかった。

「・・・千歳、いまの、なに?」
「わっ、」

後ろから肩をガッシリと掴まれて、逃げ場のない中ゆっくりと振り返ると、笑顔で固まる孝支がそこには立っていた。

「ごめん鉄朗、バレた」
『えっ、なにがどうした』
「とりあえず切るわ」

電話口の黒尾に早口でそう伝えると、慌ててスマホをしまう。大事な従兄弟へ笑顔を返そうとするも、引きつるそれに、孝支から何も言われないのが大変に恐ろしい。

「こ、孝支・・・?えーっと、その、黒尾と、あのー・・・」

なんて言ったら良いものか。言い淀むも、目の前の物言わぬ笑顔は深まってゆくばかり。言葉が見つからず視線を逸らすと、部屋の中に気まずすぎる沈黙が広がった。

「こ、孝支・・・?」

なんで何も言ってくれないのかとか、怒ってるのかとか、気持ち悪いと思われているだろうかとか。様々なものが渦巻きながらも、恐るおそると目の前の顔を再度見上げる。

「あーもう、」

すると、笑顔のまま固まっていた顔は瞬く間に眉の下がった優しげなものに戻り、千歳はぽすりと、目の前の慣れた腕の中に収まった。

「そんな不安そうな顔すんなよー!俺が虐めてる気分になるべよ」
「ごめん」
「ごめんもいらない」
「う、」

ぎゅう、と抱き締められながら、肩に乗った顔が千歳を見上げるように倒される。

「仲良いのは知ってたけど・・・好き、だったんだ?」
「・・・うん、」

好きになっちゃった、と小さな声で呟いたのも、全部聞こえているだろう。孝支は深く溜息を吐くと、ゆったりと身を起こした。

「千歳はかわいいし、カッコいいし、絶対モテるし、恋人なんてすぐ出来るだろうなって思ってたけど・・・実際できたとなると、なんか・・・あれだな!ちょっと、」
「うん」
「・・・さみしいな」

そう言って笑う孝支が、なんだか離れていってしまうように見えて、それが途轍もなく苦しくて、千歳は慌てて先ほど空いたばかりの微妙な距離を詰めるように孝支の腕を握った。

「まあ、俺にもいずれ?かわいい恋人の1人や2人できるんだし?俺もそろそろ千歳離れしないとなー、「やだ」・・・え?」

笑って続けられる言葉を思わず遮るようにして、握った腕にぎゅっと力を込めて、

「こうちゃんが離れるのはやだ、」

別に、言葉の綾とか、例え話のようなもの。2人とも大学生にもなったのだし、県も離れたのだし、それぞれがそれぞれ、身も心も、いつまでもずっと一緒にいられる訳ではないのも分かっている。分かっているけれど、いやだ、と思ってしまうのだ。目の前のこの人が、誰よりも大切だと、ずっとずっと思って来たのだから、

「・・・うし、決めた」
「え?」

悶々と思考に陥っていた千歳は、孝支のそんな、場違いにも明るい声に顔を上げた。目の前の顔は、先ほどのどこか悲しげな笑顔ではなくて、何かを吹っ切ったような、明るい笑顔だった。千歳の一等好きな、その笑顔。

「千歳、ケータイ貸して」
「うん?」

孝支が何を考えているのか分からず、千歳は差し出される手に何の疑いもなく己のスマホを預けた。頭の中は"?"ばかりが占めていて、孝支が千歳のスマホで何をするのかまで確認するという思考も働かない。

「あ、もしもしクローくん?」

だから、孝支が突然、そんなふうに口を開いたことに、とても驚いて開いた口が塞がらなくなってしまった。

『は?え、?もしかして、・・・スガくん?』
「そうそう!千歳のだーいすきな、従兄弟の孝支くんでーす!いつもウチの千歳がお世話になってるみたいで」

千歳が何も言えない隙をついて、孝支は黒尾にとんでもない爆弾を投げつける。

「ねえ黒尾さ、今からこっち来れない?」
『は?』
「えっ、?」

驚愕の声を上げる千歳に構う事なく、にこにことまた顔に笑みを貼り付けた孝支は、片手で千歳を制止させるとつらつらとこう宣った。

「ウチのかわいい千歳のこと、ホントに大事にする気があるなら挨拶くらい来れるべや?」

声は笑っているけれど、瞳は真剣に見開かれていた。

「ちょっと孝支、なに無茶言ってんの、」
「千歳はちょっと黙ってて。いま男と男の大事な話してんだから」
「俺も男なんだけど・・・っ!」
『いいよ分かった、そっち行くわ。今日は遅くなっちまうから、明日になるけどいいか?』

止めて、とスマホを奪い返そうとするけれど、本気で身を捩られてしまえば千歳にそれを押さえつける筋力はなく、そうこうしているうちに話はまとまってしまった。

「・・・おう、じゃあ明日な」

そう言って通話を切った孝支は、何してんのと詰め寄っても曖昧に笑って誤魔化すだけで、黒尾へ来なくて良いと連絡しても、いや行く、と返事が帰ってくるだけだった。



「・・・ホントに来ると思わなかった」
「スガくんが来いって言ったんデショ」

翌日、正月三が日もまだ過ぎてないというのに、本当に宮城まで遥々やって来た黒尾の姿に、菅原は本気なんだなと理解させられた。
ここで何かと理由をつけて誤魔化すようであれば千歳をやれないと追い返すところであったが、きちんと挨拶するつもりで手土産まで持ってきた(しかも爺婆受けの良さそうなやつ)彼を流石に菅原が気に入らないからというだけで無碍に扱う事などできない。

「本気なの」
「本気じゃなきゃ、手ェださねーよ」

そう言ってへらりといつもの調子で笑ってみせたが、目だけが全く笑っていなかった。その想いの強さを詳らかに見せつけられているようで、菅原の方が一瞬後退りしてしまいそうなほど。けれどそんな事はお首にも出さない  これまでの人生で一番、一等大切にしてきた、あの愛しい従兄弟の事を、この目の前の男に預けるのだから。

「泣かせたら、地の果てまで追い掛けて行って磨り潰すからな」
「大丈夫、俺に出来る限り幸せにするって決めてるからさ」

バチバチと、見えない何かが2人の間で弾けては消える。嗚呼全く  そんなことを言われてしまっては本当にもう、文句など言えやしないので。

「鉄朗!」
「千歳、あけましておめでとう」
「おめでとう…ってそうじゃなくて!」

置いてきたのについて来た千歳がこちらへ追いついて、黒尾に駆け寄る姿を見てしまえば、菅原とて色々と実感する。深々と溜息を吐き出して、2人が無意識に(黒尾は意識的にかもしれないが)イチャつき出すのを尻目に、数歩歩いて距離をとると、おもむろにスマホを取り出し、菅原は慣れた連絡先へと電話をかけた。

  どうしたスガ』
「大地ぃぃぃ…俺の千歳がっ・・・!」

かくかくしかじか。涙ながらに事の顛末を至極簡潔に語って聞かせれば、我らが元主将様は低い声で唸るように通話を切った。そして続け様に、同じような電話を旭と清水にもそれぞれ掛けて、現在地を伝えれば三者ともそれぞれに大変盛り上がった後通話を切った。それに大変満足した菅原は、電話していた時はさめざめと流していた涙をスッと引っ込めてニッコリと笑顔になると、何やら楽しげに話をしている可愛い従兄弟を呼び止めて、その彼氏には千歳に見えないところで舌を出しておく。

「千歳!ちょっとこっちおいで」
「あ・・・俺、ちょっと電話だわ」
「うん?…孝支、どうしたの?」

黒尾が電話だと離れた隙に、菅原は千歳の手をとって反対方向へと歩き出す。

「ちょっと孝支!?」
「えっ!?あー・・・なんで知ってるのサームラさん??待って来なくていいよ待って??  ねぇちょっとスガくん!?おたくの元主将にチクったでしょ!?」

背後から聞こえる、黒尾の叫び声は聞かなかった事にして、千歳には黒尾は何やら忙しいようだから、2人でどこか喫茶店にでも入ろう、と宥めすかして。
うちの自慢の元主将様のみならず、これから春高でサムライと恐れられた顔だけは厳ついうちのヒゲと、冷静に鋭い言葉で突き刺してくれるであろううちの元美人マネージャーと、ついでにヤンキー紛いのその旦那が、総員戦闘体制で黒尾に迫って来ていることは  可愛い可愛い千歳を前にしたって、教えてあげたりしないのだった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -