一片でも大切にしたいもの

「試合おつかれさまでーす」
「!」

BJ対ADの試合終了後。選手達がダウンに入り、ファンサービスに勤しむ時間。片付けのスタッフに混じって更衣室前の廊下を歩いていると、よく知った声が真後ろから聞こえてきた。両の肩に置かれる手のひらに仰ぎ見るように背中を預けると、そのままポスリ、と受け止められる。

「鉄朗」

表情を緩めて名前を呼ぶと、後ろ頭にフッと笑った息遣いを感じた。そのまま腕を引かれて、BJに割り当てられたロッカールームに入ってドアを閉める。

「・・・誰か戻って来るかもよ?」
「まだしばらく来ねえだろ」

ぎゅ、と腕の中に囲われる。
会うのは3ヶ月ぶりだった。シーズンに向けて多忙を極めていた鉄朗と、チームや選手の最終調整に走り回っていた千歳と、東京と大阪とでは、結局会う時間すら作るに作れなかったのだ。

「・・・千歳だ、」
「うん」

背に回した腕を、ぽんぽん、と宥めるように動かすと、すり、と頭が摺り寄せられた。

「あいたかった」
「・・・俺も」

あんまり素直だから、お互い徐々に恥ずかしくなってきて、くすくすと笑い合いながら、ゆっくりと身体を離した。腰元に回ったままの手のひらを感じながら、コツ、と額を合わせて視線を絡める。

「素直でかわいいな、てつろーくん?」
「かわいいのはそっちデショ」

そのまま唇を合わせて、楽しげな笑い声に混じりながら、啄むようにして。そして段々と、長く吸い付くように、離れた時間を埋め尽くすように、隙間をなくして、もっと奥、深いところまで、舌を絡めて、差し込んで。頭の中は互いのことでいっぱいで、それ以外全部どうでもよくなるくらい、心地良くて、気持ちが良い。廊下の向こうから聞こえる足音に、ハッと我に返って身体を離した。

「っ、ストップ、・・・まだ仕事、あるんだけど」
「ん、ごめん止まんなかったわ」

少し上がった息を、鉄朗の肩に頭を凭れるようにして落ち着ける。髪に指を埋めるようにして撫でられるのが心地良くて擦り寄ると、腰に回った腕に再びギュッと力が篭った。

「あーーー。離したくねえ」

溜息と共に吐き出された言葉に、くすりと笑みが溢れる。そんなの俺だって離れたくないよ、とは言わない。

「だめ。俺これから取材対応とかあるし」
「知ってるっつーの。俺の彼氏、働き者が過ぎるんだから」

本当は、こんなところでイチャイチャしている時間もそんなに無いのだけれど。俺だって鉄朗が言うのと同じくらいほんとは会いたかったのだから、少しくらい良いだろう。この後のことはなんとかする。

「ほら、もう離して鉄朗。俺、お前のこと大好きだから、この腕振り解けない」
「なんですぐそういうこと言うのおまえ・・・」

お願い、と首を傾けると、分かっててやっているのを分かっているのに鉄朗が頬を染めるので、嬉しくなって笑う。やっぱり可愛いのは鉄朗の方だろ、と思いながら最後にもう一度唇を合わせて、名残惜しくも身体を離した。

「また夜にな」

多分軽い打ち上げみたいなのがあるけれど、みんな懐かしい人も会いたい人も多いだろうし、早々に解散になるはずだった。孝支達とは明日会う予定だったし、今夜はそれが終わればフリー。
そっと囁くと、ゴツン、と強めに額がぶつけられた。

「・・・このヤロ、覚えてろよ」

悪の手下のような捨て台詞を残すかわいらしい恋人にクスクスと笑いながら、2人でロッカールームを後にした。



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