決裂

日向が、影山のトスを見ないで打つ事をやめると言い出した。
日向は今のままの"影山に打たせてもらう速攻ではだめだ"と言い、影山は"できない事をするヤツにトスを上げる気はない"と言う。互いに譲る気のない主張が宙に浮いたまま試合が進んでいく。

「日向と影山くんがぎくしゃくし始めたの…気のせいじゃない…ですよね…?」
「うん…」

谷地はそんな不穏な空気を感じとり、不安げにそう吐き出した。清水が同意するように、静かに頷く。

「でも、日向と影山だけじゃない。日向と東峰がぶつかってから…全員に緊張が走ってる」

つい先程、日向と東峰が空中で衝突する軽い事故があった。東峰に上がったトスを、ボールにしか集中の入っていなかった日向が打とうとした為だった。日向は自分のミスだと謝っていたが、その一球以来、チームの中にもやもやとしたものが渦巻いている。"今のままじゃだめだ"という、日向のその勝利や上達への貪欲さに、みんなが己の意識を省みているような、ピリついた空気。

「大丈夫でしょうか…」

居心地の悪いそれに、不安をいま一度吐き出すも、清水の隣に立っている諏訪部はあっけらかんとしながらコートの中を眺めていた。

「そんなに気にしなくても大丈夫だと思うけど」

なぜそんなふうに思えるのだろうと谷地が首を傾けると、ちらりとこちらへ視線を向けて、彼はフッと目元を緩めた。

「むしろ今までぎくしゃくしなかった事の方が違和感あるくらいだ」
「どういうことですか?」
「まだチームになって日が浅いんだから、お互いの事なんか分からなくて当たり前だと思う」

コートの半分が新しいメンバーで、それぞれ違う個性や技術があって、それがこんなたった数ヶ月しか一緒に練習していない仲で、全てわかり合うなんて不可能だと。しかも、ただでさえ急成長をしているところなのだから、綻びが生まれて当然だ、と諏訪部は言う。

「それに、ちょっとくらい喧嘩もしなくちゃな」

そう言って目元だけではなく、微笑みを浮かべた諏訪部はコートへ視線を戻した。なんだかその言葉に肩の力が抜けて、谷地はふぅ、と息を吐き出したのだった。



「ビブス乾かすから集めてくれるか?」
「はい!」

午前の部が終わり、昼食の準備に行った清水を見送ると、諏訪部からそう指示が飛ぶ。諏訪部は隣のコートで同じようにビブスを集めていた音駒の1年生からその山を受け取り、ボトルも置いておくように言って、早くダウンに入るようにとその背を押している。今回の合宿では、猫又監督のおかげで呼んでもらえた事や、烏野はマネージャーが多いという事もあり、出来るだけマネのいない音駒を手伝おうというのは事前に3人で打ち合わせていた事だった。

「谷地ごめん、これも頼むな」

ギャラリーへ上がってビブスを並べていると、諏訪部が音駒の分のビブスをまとめたカゴを持ってきた。

「はい!」
「俺ボトル洗ってるから、なんかあったら言って」

そう言って2校分を両手に運んで行く姿を上から見送りながら、早くあちらも手伝わねばとビブスを干す手を早めた。諏訪部はマネージャーの中で唯一の男子ということで、何かと力仕事や水仕事など、手のかかる事を肩代わりしてくれる事が多いのである。谷地は後輩であるので、そんな諏訪部の対応にいつも申し訳なくなってしまうのだが、実際、あの量を女子でしかも小柄な自分に一回で運べるかと言われると不可能なので、唯一の男手は非常に有難いものでもあった。

「諏訪部さんて、意外と優しいんだね〜!」

そんな2人のやりとりを横から見ていた森然高校のマネージャー、大滝がわぁっと声を上げる。

「はい!気がつくと重い物とか持ってくださっていて…」
「気が利く系男子・・・!!」

谷地の隣で同じようにビブスを干しながら、先程見送った諏訪部を遠目にそう言って眩しそうに視線を細めた。顔合わせの際、彼は絶賛寝起き中でぼんやりしていたため(諏訪部の寝起きには谷地も普段の朝練でだいぶ慣れた)、はきはきと仕事をしている今のその様子に驚きを持ちつつ、そのギャップが良い、と言葉が続けられる。身近なイケメン優男に軽いときめきを覚える気持ちに共感して、谷地は話のネタ程度にと追加情報を提供していく。

「諏訪部さんは菅原さんと従兄弟同士なんですよ」
「えっ、そうなんだ!菅原さんって、副主将の人だよね?確かに、雰囲気似てるかも〜」

菅原さんもカッコ良いもんね。あと、あの1年生セッターとMBもイケメン!うちには居ない感じのキラキラ感あるよ〜、と大滝が続けるので、谷地も烏野のみんなの顔面が整っていることに激しく同意しながら、そんな中でマネージャーをする緊張などを話す。運動部の部活動など今まで縁もなく、合宿もはじめてで、大滝のように他校を見る余裕などとてもなかったと言えば、すぐに慣れるよと肩を叩かれた。

「私も初めは何から手をつけたら良いか分からなくなっちゃったりしたなあ」
「そうなんですか…!今はテキパキされているので、意外です…!」
「だから慣れだね。仁花ちゃんもちょっとずつ慣れてけばだいじょーぶ!」

他校の先輩とこんなに沢山話せて嬉しい、とゆるゆると顔が緩む。もしかして諏訪部は上に大滝がいるのを分かって態と谷地にビブスを任せてくれたのだろうか  いやまさか、流石に偶然だろう  いやでも、周りをいつもよく見ている諏訪部ならば…と、大滝と楽しく話しながら仕事をしていた谷地は、後ほどボトル洗いを手伝いに水場に行った際、仲良くなれたか?と尋ねられて驚愕する事になるのであった。

「シャチッ!!」
「うん?大滝は2年だから連絡先とか交換しとくと良いと思うぞ」
「諏訪部さんはそれを見越して私にビブスを・・・!?」
「いや、上いったとき奥にいたから」
「あ、なるほど…」



その日の午後の試合でも、結局日向は下がったままで、影山との会話もなく初回の遠征を終えた。

そして、夜  
取っ組み合いの喧嘩をした2人は、関係を更に悪化させることになる。



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