飛行準備

「孝支、今日戸締り頼んでもいい?」
「いいけど、どした?」

居残り終われー!と大地から声がかかり、片付けの最中。千歳が申し訳なさそうに声をかけて来たので、どうしたのかと首を傾ける。

「ちょっとやる事あってさ」

先に上がるな、と言うその顔はどこか楽しそうだ。兄弟のように育っているとはいえ、別に千歳といつも一緒だというわけではないから気にしないが、その楽しみな事を教えてもらえないのはちょっぴり寂しいと思ってしまった。

「あ、清水〜大地が肉まんオゴってくれるって言うんだけど…」
「ゴメン、私、やる事あるから…」
「ふーん・・・おつかれ」
「おつかれ」

その後、パッと帰り支度をしていた清水を見かけて声をかけた際の、その返答がデジャヴでちょっと引っかかる。もしかして・・・?いやいやナイナイ、を頭の中で3往復くらいして、菅原は頭を振って気を紛らわせた。

それから数日、毎日のように少し早めに帰っていく千歳と清水に、とうとう菅原以外も不審を感じ始めた頃  IH予選、前日。

「俺からは以上だ。今日はよく休めよ」
「ハイッ!!」
「よし!じゃあこれで、」
「あっちょっと待って!もう一ついいかな!?」

練習も終わり、大地が締めようとした時、武田先生が慌てたように割り込んだ。

「マネージャーさん達から!」
「私は……激励とか…そういうの…得意じゃないので…」

すこし、恥ずかしそうに下を向く清水と、その隣で清水をやわらかに見下ろす千歳。2人並ぶと何だかとても和やかで落ち着いた雰囲気になって、お似合いに見えると思ってしまう。なんだ、まさか、交際宣言でもするつもりなのか?やはりここ数日のこそこそとした様子はそういう…?なんで千歳は俺に一言も言ってくれなかったのか…?いや、でもいま"激励"って…?

驚愕と困惑でグルグルとする。田中と西谷に至ってはもはや顔面蒼白で声も出ておらず、息をしているかも怪しいレベルだ。その間に、千歳がごそごそと紙袋を漁って何かを取り出す。なぜかそれを抱えて梯子を登り、ギャラリーに上がると、清水もそれに続く。一体なにが始まるのかとみんなが下から彼らを見上げた。

「せーのっ!」

バサリ、と布がはためく音がした。
2人の手で広げられた真っ黒な横断幕。そこには白字で大きく、『飛べ』の一言が。

「こんなのあったんだ…!」

その光景に思わず呟けば、部室を掃除してたら見つけた、と千歳が目もとを和らげながら言う。なるほど、これを直していたから、2人は最近早く帰っていたのかと、やっとここで辻褄が合った。そして俺達を驚かせたいからこその、あの楽しそうなの顔と隠し事であったのだと。

「うおおおお!!燃えてきたァァ!!」
「さすが潔子さんと千歳さん、良い仕事するっス!!」
「よっしゃああ!!じゃあ、気合入れて…」

テンションのドン底から頂点まで急上昇した田中と西谷が大きな声を出すが、千歳はまだ楽しそうに口元をにやにやとさせていて、しーっと人差し指をその口に添えた。それを見て、大地が小声で2人を止める。

「まだだっ・・・多分、まだ終わってない」

しん、と静まり返る体育館に、千歳が優しく瞳を細めて、そうしてスッと清水の方を見たので、つられてそちらへ視線を移す。

「が・・・がんばれ」

それは決して大きな声ではなかったけれど、音の無い体育館の中で、その声はきちんと俺達に届いた。ええ、胸の奥まで、もうそりゃあ、グッサリと。
だばっ、と音が出そうなくらい、両の目から涙が溢れた。感動感激が極限を突破していた。

「清水っ…!!」

こんなのハジメテ、と大地までもが泣いている。田中と西谷に至っては、もはや声が出ていない。

「うおおぉん!!」
「うわぁああん!!」
「ちょっと何コレ収集つかないんだけど!!」

男達の野太い泣き声は、大きく体育館に響き渡る。

「言えて良かったな、清水」
「うん・・・ありがとう、諏訪部」

1年生達がそんな2,3年の様子にドン引きし、そして、梯子を下りる清水を手伝っていた千歳が、みんなの様子に恥ずかしそうに頬を染めている清水の頭をポンポン、と撫でていたことなど、号泣中の男達には終ぞ見えていなかった。

「1回戦絶対勝つぞ!!!」
「うおおおス!!!」

高まりすぎた士気に、男達は数分間雄叫びを上げ続けた。



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