知ってるから全部終わったらね

これの後


膝の痛みは多少緩和されたらしい諏訪部だったが、歩くのが楽になるにはもう少し時間がかかるということで、俺の背を貸すことになった。

「月島がよかったのになあ」
「お前・・・せっかくこの俺が親切にしてやってるってのに」

時間がないからと先へ行かせた木兎達の後ろを、ゆっくりと歩く。諏訪部が何でマネージャーをやっているのかなんて、短い付き合いの俺では知っているはずもなかったが、重いであろうそれをあんなに軽く言わせてしまったことには、原因でこそないにすれ、少しばかりの罪悪感を抱いていた。

「なー黒尾、あそこのベンチ寄ってくれない?」

なんと会話を続けたら良いか、少しだけ無言を挟んだ時、諏訪部がすり、と背に頬をすり寄せたような感覚がして、ぽそりと、そんなふうに呟いた。



ベンチに座って膝を曲げたり伸ばしたりして調子を確かめた諏訪部が、すぐ隣を叩いて座るように促す。大人しく言うことを聞くと、夜に溶けるような小さな声で、諏訪部は昔語りを始めた。

  中学までは、孝支と一緒に俺もバレーをやっててさ。俺と孝支はいつも一緒だったし、プレーでの息の合い方も中々で、そこまで強いチームではなかったけど、俺は3年の時にはエースになってた。
でも、最後の大会の少し前から、膝に違和感を感じるようになっててさ。監督にも親にも孝支にも隠して、誤魔化しながら試合に出て、カクン、ってさっきみたいに、突然動けなくなってさ。痛みで立ち上がれなくなってベンチに下がった俺に、孝支が「なんで隠してた」ってめちゃくちゃキレて。けど、怒ったのは一瞬だけで、あとは任せろって、言ってくれてさ。俺がどんな気持ちで隠してたのかとか、最後の試合でどんなに勝ちたかったのかとか、そういうの全部、言わずとも汲んでくれているその背中が、もう、めちゃくちゃカッコよくてさ・・・結局、その試合は勝てなかったんだけど、でも、俺に一言も謝らせずに、悔しい顔してぎゅうっと抱きついてきた孝支に、なんかもう、堪らなくなっちゃってさ。

「孝支って、スガくんだっけ」
「そ、従兄弟なんだよ」

ほとんど兄弟みたいに一緒に育ってきたのに、アイツは俺よりずっとずっとカッコよくてさ、その癖、俺の気持ちなんて一度も蔑ろにしたことなくて、いつも同じように悔しがって、悲しんで、喜んでくれる。俺はバレーをプレーできなくなったけど、それでもまだバレーをやれてるのは、アイツが居てくれたからなんだよ。

「ふーん、」

諏訪部くんはスガくんのことが大好きなんだなー、と言えば、孝支は俺のヒーローだからな、と笑う、その横顔になんだか苦いものが溢れる。
そんなふうに言われるスガくんが羨ましいし、そんな関係の2人が妬ましかった。何故こんなふうに思うのか、もう自分の中で答えになりつつあるそれを、どうにか抑えようと口を閉ざすと、肩にぽすりと、諏訪部の頭が乗った。

  高校に入って、最初はバレー部のマネージャーなんてやる気もなくて、けど部活のある孝支に合わせて時間潰してから帰ったりしてたら、そのうち、バレー初心者の清水の手伝いとかするようになって、大地や旭との関わりも増えて、引きずり込まれるようにマネージャーやる事になって。強かった烏野に憧れて入ってきたアイツらがもがくのを見ながら、俺も一緒に戦いたくなった。けど膝はやっぱりダメだし、なんで俺はあそこに、孝支や大地達の隣にいないんだろって、思うこともあったんだよな。そんな時、烏養監督に出会った。

その言葉に、ハッとした。
諏訪部が前に言っていた、"ゴミ捨て場の決戦"を叶えたいという話だろうと思って、無言で先を促す。

  コートの中だけがバレーじゃない、外での戦いもあって、それは俺達がいるから出来ることだと。俺や清水の存在が、選手達のメンタルをどれほど支えているのか、その意義を、わかりやすく、言い聞かせるように語ってくれて、そんで、こんな特等席を他に譲るなって、バレーを見る最前線はここなんだって、言ってくれた。

「俺のぐちゃぐちゃになってた感情全部、おりゃって投げちゃうような感じでさ、すっげーカッコいいんだよ、あの人」

猫又監督が、黒尾にとってバレーの楽しさを教えてくれた人だとしたら、烏養監督は、諏訪部にとって道を晴らしてくれた人だという事なのだろう。
だから、その念願を叶えたい、出来れば、自分自身の手でという思いは、やはり、黒尾のそれと相違ない。

「3年になって、とうとう今年で最後だって時に、やっと音駒との繋がりを取り戻す事が出来た。1年の変人達がチームに足りなかった勝ちにしがみつく力みたいなのを運んできてもくれた。それに、ネコの主将はどうやら、俺と同じで"ゴミ捨て場の決戦"を叶えたいと強く思っているのも知った」

ふふ、と諏訪部が笑うので、肩にある頭を見下ろすと、低い位置にある顔が、黒尾を見上げてやわらかく笑みを形作る。

「黒尾は、俺にとって同志だよ。俺の想いを叶えるために、決してなくてはならない人。違う場所から同じものを目指す、かけがえのない人だ」

真っ直ぐに伝えられる言葉に、胸がいっぱいになってしまって、諏訪部を腕の中にぎゅ、と囲った。俺より小さな、けれど硬い体躯に、同じ男なのだと分かっていても、けれどやっぱり、感じる想いは、他とは一線を画す。

「はああぁぁー・・・・、すき」

深く溜息を吐き出すようにぼそりと溢すと、身動いだ諏訪部が黒尾の背に腕を回して、くすくすと笑った。

「鉄朗くんはほーんと、俺のことダイスキだな?」
「ああ、すきだよ。めちゃくちゃ好き」

抱えているものを、全部話してくれた事が嬉しかった。かけがえのない人だと言われて、堪らなくなった。諏訪部がこんなふうに言葉を尽くすのも、甘えるように触れるのも、寝ぼけている時以外は、自分以外にいないと気がついているから、胸の内がもう、切ない。

「・・・鉄朗さ、それ、どういう意味で言ってる?」
「わかってんのに聞くなよ」

一瞬、冷静に聞き返されるのを、今更だろ、と返すと、諏訪部は分かっていてなお、確認してきた。

「お前、勘違いしてない?俺への親近感とか、同じ目標とか、そういうのでこう、気持ちが盛り上がってるのを、そうい気持ちと間違えちゃってるんじゃない?」
「間違ってねぇよ。男相手におかしいとか、そんな訳ないとか、勘違いだとか、そういうのはもう全部超えちゃってるんだよ。お前のことは1人の人間として、そんで、ちゃんとそういう意味で、好きだ」

ハッキリと、言葉にすると、気恥ずかしくなってその髪に顔を埋める。運動した後だから、諏訪部の香りがいつもより強くて、くらくらした。

「そっか、」

嬉しそうな声色の癖に、言葉にはしてくれない。

「諏訪部、「春高でゴミ捨て場の決戦やって、烏養のじいちゃんに見して、もちろん、俺たちが勝って、」
「・・・このヤロ」

不満を言葉にしようとすると、諏訪部の言葉に止められる。

「全部終わって、満足して、けど、それでも  お前に俺が必要だと思ったら、」

腕の中から顔を出して、諏訪部が黒尾を見上げた。頬に指先が伸びてきて、ひたりと触れられる。

「そん時に、もう一回言ってよ、鉄朗」

瞳が、視線が、手つきが、想いを伝えてくるようなのに、言葉だけが伝えられない。

「・・・信じてないのかよ」
「そういうんじゃないよ。なんていうか・・・俺も、それまで、頑張るからさ。だから、全部終わるまで待っててくれよ」

な?  そう言って、頬を撫でられて、甘く見つめられて、こんなにも堪らなくなるのに、まだ明け渡してはくれないという。意地が悪い、と頭の片隅で思いながら、けれど、自分達はそうあるべきだとも思うから、少しだけ悔しい。

「わかった・・・全部終わったら、覚悟しておけよ」

ありがと、という言葉と共に首に腕が回されて、ぎゅ、と抱きつかれる。抱き締め返すと、嬉しそうにすり寄って、体を離して、顔を包み込むように手のひらが回って、それから、

ちゅう、

口の端、唇に触れるか触れないかのところに、諏訪部のそれが触れていて。

「なっ!諏訪部おま、」
「千歳って言ってみ?」

カッと顔に熱が上がって、思わず体を離すも、頬に触れる手はすりすりと黒尾を撫でたまま、視線を合わせて、小首を傾けるように、そんな事を言う。

「、千歳」

強制されたそれに、小さく小さく返せば、花が開くように、甘く甘く微笑まれて、

「ん」

そうしてもう一回、口の端に口付けられるのを、唇で受け止めたいのに、顔を包まれているから動かせない。ぐっ、と向きを固定される。

「まだだーめ」
「口の端はいいのかよ・・・」
「ん、今だけな」

ちゅ、ちゅ、と顔中に唇が降るのを、もはや無抵抗に受け止めて、生気を根こそぎ奪われたところで、ご機嫌な千歳がもう一度ぎゅ、と抱きついてきたので、その背に腕を回す。

「千歳、」
「ん?」
「お前、ほんと・・・覚えてろよ」

くすくすと耳元で笑い声を漏らすこの愛しいヤツを、全部終わったらすぐにでも捕まえに行くと心に決めた。



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