再起動

「なあ、諏訪部もバレーできるんだろ?」

スパイク練習がしたいのに、ブロックが足りない。そんな時に、ちょうど烏野の男子マネージャーが通りかかったので声を掛けた。

「お前・・・当たり前のように言うね」
「んー、だってお前バレー見る時、経験者っぽい目ぇしてるし」

スタミナ切れ気をつけなよ、と言っておにぎりを渡しながら、呆れたような顔を向けるコイツは、いつもコートの外から、きらきらとした瞳で選手を眺めている。ここが特等席だと言わんばかりに、際限なく嬉しそうな顔をして。諏訪部が見ていると、可愛い女の子が声援を上げてくれた時とは別の高揚感が身体を包む。もっとコイツの前でカッコいいプレーを見せてやりたいと思わせる何かが、コイツにはあった。

「あー、わかるわかる。なんかめちゃくちゃ楽しそうなんだよな」

中学でやってたとか?
諏訪部の差し入れに近寄ってきた黒尾が、俺の言葉に同じように尋ねる。男子が全く経験のない競技のマネージャーをやるのは稀だろうというのは、ちょっとした偏見だろうか。

「あーまあ、うん。中学まではやってたよ」
「やっぱり!じゃあちょっとだけブロック飛んでくれよ!」
「ちょ、木兎さん・・・」
「ブロックだけでいいから!!」

少しだけ悩む素振りを見せて、けれど俺と視線を合わせると観念したように溜息を吐き出して、それから、1時間だけな、と渋々了承してくれた。



諏訪部の身長は170cmちょっとで、経験者とは言え選手ではないのだし、ブロックを飛ぶにしたって、対した高さを期待している訳ではなかった。何もないよりは練習になるから、その程度のお願いだった。けれど諏訪部は、そのひょろひょろの身体には似つかわしくないほど、跳躍は上へ真っ直ぐに、そしてスパイクのタイミングにきっちりと合わせて飛ぶことに長けていた。流石に1人でどシャットを決める事は無かったが、中々気持ちよく打たせてくれないような粘り強さに、途中からリエーフを沈めた黒尾や練習にやって来た月島も増えて、3枚に増えたブロックはなかなかの脅威となっていた。

「そろそろ終わりな」
「えーっ!もうちょっとだけ!!」

1時間という約束だった練習は、当初の思惑以上に非常に有意義で楽しいもので、あと10本だけ!!をもう何度か繰り返して、苦笑する諏訪部に仕方がないな、と何度か言わせていたのだが。

「あ、」

カクン、
ブロックを飛ぶ瞬間。膝を曲げて、足の筋力を全て上へ向ける、その瞬間。諏訪部は身体の力が抜けたように膝を折り、体勢を崩した。

「っぶね、」

咄嗟に右腕を伸ばした黒尾が、倒れそうな諏訪部の身体を支えた。
打ち下ろしたボールが、コートの端に跳ねる音が、ひどく耳についた。

「ちょ、大丈夫か!?」
「あー・・・すまん、限界みたいだ」

足の疲労のピークか、選手でもないのに無理をさせ過ぎたか。そう思ったのも束の間、黒尾に支えられながら立ち上がろうとした諏訪部が、一瞬表情を歪めて、起き上がれずにそのまま床に座り込む姿に、違和感を覚える。

「・・・膝、悪いんですか」

木兎の疑念を代弁するように、赤葦が眉根を寄せながら口を開いた。

「中学の最後の大会で、ちょっとな。激しい運動を長い時間やれなくて」

楽しかったから調子に乗っちゃったな、と苦笑するが、その"ちょっと"に選手生命を絶たれたであろう事は明白で、気まずい沈黙が流れる。無理をさせすぎてしまったという後悔と、対して親しくもないのにそんな事を言わせてしまったという後悔とが、ぐるぐると頭の中を回る。

「ごめん、端っこ行くから、立つの手伝ってもらってもいいか?」

そう言って隣にしゃがみ込んでいた黒尾に手を伸ばす諏訪部を、黒尾は無言で見下ろした後、何を思ったか、突然横から抱き上げた。

「ちょ、!?」
「こっちのが早ぇだろー」

気まずい空気が離散するように、揶揄うような黒尾の声と、嫌がる諏訪部の声が響く。どこか楽しげなそれに、固まっていた表情が解れるようだった。

「下ろせ!!」
「歩けない癖にぃ?」
「だからって抱え上げるなッ!!」
「おーい、暴れると危ないぞー」

出入口の側、壁際に下された諏訪部は、先ほどまでの苦しそうなのを無理して笑っているような顔ではなく、またいつもの楽しそうなものに戻っていて、少し安心する。黒尾に文句を言いながら荷物を取らせて、慣れたように膝にテーピングをしていく。気にしていなかったので気がつかなかったが、テープが巻かれる前、膝の横に手術痕のような傷があるのが見えた。

「ごめん諏訪部、俺がしつこかったから…!」
「気にすんなって、俺も調子に乗ってきちんと断らなかったし」

いつものことだし、少し安静にしてれば日常生活には支障ないから。そう言う諏訪部にホッと息を吐く。苦いことを思い出させてしまったかと思ったが、その表情に陰りはなく、もう吹っ切れているようだった。赤葦や月島も、同じように感じたようで、固かった表情を緩めている。

「あ、それよりそろそろ食堂の時間が危なくないか?ちょうどいいし、もう今日は終わりにすれば?」

時計を確認してそう言う諏訪部に吊られて見上げると、確かにもう良い時間になっていて、切り上げましょうと赤葦が頷く。片付け片付けと慌てて戻ると、視界の隅で黒尾が諏訪部の側から離れる時、その頭をぐしゃぐしゃと撫で付けたのが見えた。前から思っていたが、この2人はどういう訳か随分と仲が良いのだ。



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