合宿の醍醐味再び

side黒尾

ふっと目を覚ますと、自分の腕の中に何かがいることに気がついた。やわらかな髪の色に、一瞬、夜久やリエーフが頭を過ぎるが、何だか少し違う気がして髪の間に指を差し込む。顔を覗き込むように少し身体を離すと、そこにはどういう訳か、烏野高校の男子マネージャー、諏訪部千歳が眠っていた。

眠気が吹っ飛ぶような衝撃を無言で受けていると、体温が離れたのが分かったのか、諏訪部が眉根を寄せてむずがる。そのまま起こして自分のところへ帰ってもらおうと、声を潜めて呼びかけた。

「おーい、諏訪部。諏訪部、起きろ」
「んぅ・・・こうちゃ、?」

舌ったらずで甘えたように知らぬ名を呼ぶ諏訪部が布団に顔を埋めようとするのを、腕を掴んで阻止する。

「こうちゃんって誰だ・・・?俺は鉄朗くんですよ〜」
「んん・・・てつろー?」
「そーそー、起きて諏訪部、部屋間違えてるぞ」
「うん、」

生返事だけで、諏訪部は身体を起こす素振りもない。

「おーい、起きろー」
「なんじ・・・」
「まだ5時くらいだけどさ、お前自分の布団戻れよ」
「・・・めんどくさい、」

頬をつんつんと突つくと、眉根を寄せながらも可笑しそうに微笑むから、なんだかだんだん可愛くなってきてしまう。突ついていた指先を握られて、薄目を開けた諏訪部と視線が交わる。

「てつろー、寝よ?」

握り込んだままの黒尾の指先に、すり、と頬ずるようにしながら、甘えるようにそう言われてしまうと、起こそうとしていた気力が根こそぎ奪われてしまうようで、身体の力が抜けた。次の瞬間にはもう寝息を立てている諏訪部の、自由なこと。おいおい、男だぞ。そう思いながらも、上ってくるものは抑えられない。

「・・・タチわりーな」

熱くなった頬を誤魔化すように、ぐっと諏訪部の頭を抱え込む。すると胸に擦り寄られてしまい、黒尾にはもうお手上げだった。髪に顔を埋めると、その色合いに合う、やわらかで少しだけ甘い匂いがした。





side夜久

廊下の方が騒がしく、寝起きの夜久が何事かと顔を出すと、烏野の部屋から何人か出たり入ったりしているのが見えて、その内の1人、焦った顔をした菅原に声を掛けた。

「おはようスガくん、どうした?」
「ああぁぁ、おはよう夜久くん…!千歳、見てない?」

  千歳。
寝起きの頭ではすぐにその名の主が思いつかなかったが、ゆっくりと線をつなげていくと思いつく。諏訪部千歳、烏野の男子マネージャーのことだ。この梟谷グループの合同練習試合中、唯一マネのいない音駒の手伝いを勝手でてくれている気の利くヤツである。まだ起きたばかりで見ていない、と返そうとした夜久の肩を、ちょんちょん、と何かが突つく。振り返ってみると、表情を固くした犬岡が、背後を指差しながら背中を丸めていた。

「あれ、」

そう言って示された指の先を追うと、何人か目を覚ました部員らが覗き込むなか、我が音駒高校主将の腕の中に、すやすやと眠るやわらかな色合いの頭が見えて、ひゅっと息を吸い込んだ。

「なっ・・・!」
「ああああやっぱり・・・!!!」

絶望の声を上げて崩れ落ちる菅原を他所に、夜久はズンズンと大股で歩いてその枕元まで行くと、呑気にも寝こけているトサカヘッドをガッシリと掴んだ。

「黒尾、起きろッッッ!!!」
「痛っててて、夜っ久ん痛いっ!!!」

ぎゃあ!と声を上げて起き上がった黒尾の頭を揺するようにすると、起きた、起きたから!!という悲鳴を上げた。それにいくらか溜飲が下がったので手を離してやる。この騒ぎの根源である諏訪部を見下ろすと、騒がしいなか目を覚ましもせず、身体が離れたことが不満だったのか黒尾の腰に擦り寄って唸ったので思わず笑いが漏れた。

「ははっ、なんだコイツ。かわいーな」

思わずしゃがみ込んでその頭をわしゃわしゃと撫でる。するともう一度唸って、今度は黒尾の腰に腕を回した。

「はあ、まじ勘弁して・・・」

ぼそりと呟いたのは、黒尾だった。
びっくりしてその顔を見上げると、両手で顔を覆って隠しながら、耳を真っ赤にしている。おいおい、どうした黒尾・・・と思うも、コイツもこんなに照れる事があるのか、と少し感心する。と同時に、コイツは多分、この騒動の被害者なのだと悟った。すべての元凶は諏訪部で、黒尾は不可抗力でこの状況にいるのだろう。

「俺の千歳が汚された・・・」

それにしたって、戸口に崩れ落ちたままの菅原くんの絶望が深すぎる。

「ああああ!!千歳さんいた!!!」
「ちょ、何してんだテメー!!!シティボーイこらぁ!!!」
「諏訪部さんが黒尾さんに汚されたああああ!!!」

そこに西谷や田中まで割り込んできて、そこにすっかり諏訪部に懐いている犬岡と芝山が加わって、もはや阿鼻叫喚。音駒の部員達はこの騒ぎで1人残らず目を覚ましたというのに、元凶はなおもすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「諏訪部、起きろー。すごいことになってんぞー」

黒尾が使えず、叫ぶ烏達を止めるために1、2年が奔走しているので、仕方がないと溜息を吐いて、夜久が諏訪部の肩を揺する。もう滅多な事では起きないと理解していたので、ガッタンガッタンと脳味噌をかき混ぜるつもりで揺さぶると、諏訪部は漸くその重たすぎる目蓋を持ち上げた。

「なに、こうちゃ・・・あさ・・・?」

知らぬ名を呼ぶ舌ったらずな言葉と共に、ぐりぐりと失明しそうな勢いで目を擦るのが心配になり、腕を掴んで止めさせる。

「朝だぞ。頼むから起きてくれ、お前のせいで大変なことになってる」
「んん・・・?」

そのまま身体を起こすのを手伝うが、力が入らないらしく、バランスを崩して横にあった黒尾の胸に背を預ける。まあ、起き上がったから良いかとそれで妥協したのだが、黒尾は更に悶絶をしたようだった。だからなに男相手にきゅんきゅんしてるんだ…コイツは今日はもうダメだ。

「なんでやくがいるの・・・?」

漸く周りが見えるところまで覚醒したらしい諏訪部の顔を覗き込むと、不思議そうに首を傾けた。そして自分が凭れているものを確認するように振り向くと、

「ん・・・?あ、てつろーか」

そう言ってふにゃりと笑ったので、それと視線を合わせた黒尾がとうとう煙を上げて倒れた。

「っと、」

支えのなくなった諏訪部の体制が崩れそうになるのを抱えて受け止めると、先ほどと同じふにゃふにゃの微笑みが夜久を見上げて、舌ったらずにありがとうと呟いた。それに思わず咳払いをすると、諏訪部は夜久の肩に顔を埋めるように擦り寄るので、確かにこれはタチが悪いと黒尾には同情した。

その後、烏野主将が事態を察知して登場し、菅原を慰め、立ち直った菅原が諏訪部を回収するまでにもう少しかかり、その間に夜久の顔まで真っ赤になるほど諏訪部に甘え倒されたのだった。



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