最強の味方

side日向

「おー!やっぱ早朝練かあ」
  ホァァ!?

この早朝練については他言無用だという話をしている側から聞こえてきた第三者の声に、日向と影山と田中は、3人ともがビクリと身体を震わせた。

「おース」

ガララ、と小気味良い音を立てて開けられた出入口から顔を出したのは、昨日見かけた3年生。その後ろからは更にもう1人、眠たげに欠伸を噛み殺しながら誰かが入ってきた。

「スガさんッ!?千歳さんまでッ!?なんで…!」

驚きながらも田中が"さん付け"で呼ぶということは、彼も多分3年生なのだろう。目尻に溜まった涙をぐりぐりと擦り、マフラーを外すその人は、一度ちらりとこちらへ視線を向けて、また田中へと視線を戻した。

「だってお前昨日明らかにヘンだったじゃん」
「いつも遅刻ギリギリの田中が、鍵の管理申し出るなんておかしいなと思ったよなー」
「えっ…!?あっ…!くっ…!」

田中を揶揄う3年生2人が、楽しげに表情を綻ばせる。驚いたり悔しがったりする田中をくすくすと笑っている様子がなんだかとても似ている気がして、日向は首を傾けた。

「大丈夫大丈夫、大地には言わない!なーんか秘密特訓みたいでワクワクすんねー」

秘密は守ると言ってくれた2人にホッと胸を撫で下ろしていると、"千歳さん"と呼ばれた彼が日向と影山へと視線を向けた。

「諏訪部千歳、マネージャーだ。よろしくな」

飲み物準備してやるから練習してていいぞー、と言った彼に田中が"あざース!!"と頭を下げたので、同じように言うとひらひらと後ろ手を振られた。また欠伸をしてゆっくりと歩むその姿はなんだか少し、だらしがない。
昨日見かけた美女と、諏訪部さん。2人もマネージャーがいるのかと、ワクワクと共に感心していると、諏訪部さんの後ろ姿を見送りながら苦笑する田中が菅原に話しかける。

「千歳さん、朝苦手なのにわざわざ来てくれたんスね」
「俺が無理やり叩き起こした」
「さすがスガさん・・・」

朝が苦手だという彼をもう一度見ると、もはや噛み殺す事もせず大きな口を開けて欠伸をしていた。気の抜けた感じの人だな、というのが日向の諏訪部に対する第一印象で、ぼんやりとその後ろ姿を追う。でも、男子マネージャーなんて、なんだか強豪校のようでカッコいいかもしれない。話しかけたいようなうずうずを堪えていると、よーし、やんべー。という菅原の声がして、ハッと気を取り直した。



side影山

「影山」

昼休み、自販機に飲み物を買いに行っていた時、横から声を掛けられた。

「・・・諏訪部さん」

一瞬名前を考えて、確か今朝聞いたばかりだと閃いたそれはどうやら合っていたようで、目の前の彼はフッと笑うように息を漏らした。

「・・・じゃあ日向はさ、」

ちょうどその時、校舎の角を曲がった向こうから聞こえてきた声に、諏訪部から視線を外す。口の端を持ち上げた諏訪部が、口元に人差し指を持っていき、手招きしながら音を立てないように校舎の角に近づくので、その隣に並んだ。

「影山を倒したくてバレーやるの?」
「えっ!?」

覗き見ると、校舎の影で昼休みまでレシーブの練習をしているらしい日向が、菅原と向かい合っていた。日向が語るには、

影山を倒せるくらい強くなれば、色んな強い相手とも互角に戦える。それから  もう、負けたくない、と。

言葉で言うことは、行動で示すよりもずっと簡単な事だ。その思いを現実にすることは、決して簡単なことではない。けれど単純明快で、影山にもよく分かる思いだ。日向のそういうところは、影山は嫌いではなかった。そこに努力と実力が追いついてこないことは、気に入らないけれど。

隣で同じように日向の話を聞いていた諏訪部が、影山の肩を突ついて、ちょっとあっちへ行こうというふうに、別の方向を指差す。それにコクリと頷いて、その場を離れた。

「影山はさ、確かに上手いよ。でもさ、その影山1人だけじゃあ、バレーはできない」

日向達の声の聞こえないところまで影山の前を歩きながら、諏訪部はこちらに背を向けたまま話す。

「チームにはいろんなヤツがいる。その一人一人を見て、その思いに触れて、理解しようとして、同じものを見る  お前にはきっと、そういう事が必要だ」

ストローを口に咥えていたので、反論するタイミングを逃してしまって、くるりとこちらを振り向いた諏訪部に、ビクリと身体を震わせる。

「"ここ"は、中学とは違うからな」

そう言って伸びてきた手に、くしゃりと頭を撫ぜられて、出かかった言葉もすべてどこかへ行ってしまった。誰かに頭を撫ぜられるなんてこと、もう何年もなかったかもしれないと、呆然と思った。

  じゃあ、また明日な。

固まったままの影山にやわらかく瞳を細めて笑って、そう言って去っていく後ろ姿を、崩された髪を直しながら見送った。おかしな先輩だ、と思ったものの、頭に触れた優しい手つきや、あのやわらかな眼差しは、どうしてか嫌いではない、と思ってしまった。



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