始まりの始まり

「よーっス」
「おっス千歳〜」

昼休み、ひらひらと手を振りながらクラスに入ってきた千歳が、クリップに止められた紙を差し出した。

「これ、練習メニュー見てもらってきた」
「おおー!ありがとうな!」

千歳は月に一回、烏養前監督のお見舞いに行っていて、そこでたまに練習メニューをチェックしてもらってきてくれるのだ。昨年、一時だけ復帰してくれた烏養前監督と千歳がいつの間にやら随分と親しくなっていたことに気が付いた時にはとても驚いたものだが、従兄弟である菅原曰く、千歳は祖父母と同居していて両親も共働きなので、根っからの爺婆っ子であるからではなかろうかということだった。烏養前監督がまた倒れたと聞いた時にはもう指導をお願いするのは難しいと思っていたが、細くでもこの縁を繋いでいられるのは、千歳がいるおかげだった。
そんな大事な練習メニューを、朝練で顔を合わせているはずなのに昼に持ってくるのは、単に千歳が朝が弱すぎて忘れているからなのだが・・・こればかりは、もうそういう生き物なのだと諦め、というよりも理解している。

「烏養監督はお元気だったか?」
「うん。もうピンピンしてるのに退院の許可がちっとも出ないって文句言ってた」

烏養前監督。
無名だった烏野を急激に進化させ、全国の舞台まで導いた名匠。

すでに引退しているが、因縁のライバルが復帰したという事で、烏野でも復帰の予定が決まっていた。が、昨年、一時的に練習に参加し始めた直後、また体調を崩し倒れてしまい、復帰の話は掻き消えてしまったのだった。

烏野には今、指導者がいない。顧問の先生は残念ながらバレー未経験で、がんばってくれてはいるが、指導をお願いできるような人ではない。澤村や菅原が全体を見て、練習を支えてはいるが、やはり、指導者の存在というのは全くの別物だと常々思う。この現状を何とか出来なければ、烏野が強くなることはきっとまだ難しい。

「・・・どうしたもんかな」
「指導者の件?」
「ああ」

腕を組んで頭を悩ませても、手頃な知り合いも、外部への伝手もない。

「・・・いま、武田先生と作戦を練ってる」

そこへ、千歳がぽそりと、そんな言葉を吐き出した。

「まだ上手くいくか分かんなくて、言ってなかったけど・・・お前らはとりあえず、心配せずに練習してて」

驚いてバッと見上げると、頬を指で掻きながら、千歳は自信なさげにそう言った。

「ほんとか!?」
「うん」
「頼りになるマネージャー!」
「ありがとうな千歳!!!」
「まだ分かんないから、あんま期待すんなって」

少し嬉しそうに笑って、また放課後な、と言って千歳は教室を出て行った。その後ろ姿を見送って、ほう、と息を吐く。

「部活勧誘がんばらないとな」
「そだな」

今年の1年生は何人入ってくれるだろうか。経験者はどれくらい入学してくるのだろうか。まだ分からない不確定要素ばかりを、けれど期待に胸を躍らせる。
4月はふわふわとした不安と期待の両方の混在する、そんな季節だ。



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