君を咬み殺す3 | ナノ




贖罪
「ぐっ……」
「……聞こえているだろう?宮野雛香」
 気道を圧迫され視界が霞んだ。反射的に閉じていた瞼を、開ける。
 見覚えのある黒い瞳が見えた。

 否、見たことのない瞳だった。

「……そう、君が宮野雛乃を庇って死んだというのは嘘だ」
「……ッ、あ……」

 冷たい。
 鏡のような平坦で無感情な瞳。

「……失望しただろう?最愛の弟のために死んだわけじゃなかったんだよ、君は」

 しらない。
 知らない。わからない。
 誰だ――この、凍りついたような冷ややかな目は。

「……ぐ、な、ん……っ、あ、」
「なんで、かい?理由は単純明快だ、君はどう思うかい、雛香」

 ぐら、全てが歪む感覚がした。
 息が、酸素が、足りない。
 どくどくと耳元で鼓動の音がする。もがいた足が空を切る。
 遠のく意識の中で、雲雀が耳元で囁く声が聞こえた。


「……君は僕が殺したようなものだ、なんて言ったら」


 感覚という感覚が停止したような世界で、
 けれど最後に見えた黒色を、

 確かに自分はよく知っているような、そんな気がした。


***




 ぐらり、力なく頭がかしぐ。
 どさりと床に沈み込んだ体はぴくりともしなかったが、その胸元は微かに上下していた。

 両手を握り締める。
 きつく、強く。食い込む爪の感触すら感じないほどに。

「……雛香」

 手加減なく絞めた首は、ひどく細く白かった。
 細められた瞳も苦痛に歪んだ口元も、全て、弱く脆い。
 それは14歳という年齢から来る幼さと未熟さ。

 しかし、彼は10年後に、自分のためにその身の全てを投げ出すのだ。


「……君の弟は僕を恨まないと言ったけれど、」

 膝をつく。
 そっと伸ばした指先で、ぐったりとうなだれる首元へと触れる。
 なめらかなその皮膚に、はっきりと浮かぶ黒い鬱血痕。
 手加減なくやったのは自分の癖に、ひどく胸が痛んだ。


「……僕は二度と、君を失いたくないんだ」


 白い頬に、手を添える。
 目を閉じまるで眠っているような雛香に、雲雀は静かに口付けた。


「……君は、僕を憎めばいい」


 そうすれば、君は犯さないだろう。
 僕を庇うだなんていう、愚かな間違いを。



 それが、僕の償いになれば。





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