贖罪
「ぐっ……」
「……聞こえているだろう?宮野雛香」
気道を圧迫され視界が霞んだ。反射的に閉じていた瞼を、開ける。
見覚えのある黒い瞳が見えた。
否、見たことのない瞳だった。
「……そう、君が宮野雛乃を庇って死んだというのは嘘だ」
「……ッ、あ……」
冷たい。
鏡のような平坦で無感情な瞳。
「……失望しただろう?最愛の弟のために死んだわけじゃなかったんだよ、君は」
しらない。
知らない。わからない。
誰だ――この、凍りついたような冷ややかな目は。
「……ぐ、な、ん……っ、あ、」
「なんで、かい?理由は単純明快だ、君はどう思うかい、雛香」
ぐら、全てが歪む感覚がした。
息が、酸素が、足りない。
どくどくと耳元で鼓動の音がする。もがいた足が空を切る。
遠のく意識の中で、雲雀が耳元で囁く声が聞こえた。
「……君は僕が殺したようなものだ、なんて言ったら」
感覚という感覚が停止したような世界で、
けれど最後に見えた黒色を、
確かに自分はよく知っているような、そんな気がした。
***
ぐらり、力なく頭がかしぐ。
どさりと床に沈み込んだ体はぴくりともしなかったが、その胸元は微かに上下していた。
両手を握り締める。
きつく、強く。食い込む爪の感触すら感じないほどに。
「……雛香」
手加減なく絞めた首は、ひどく細く白かった。
細められた瞳も苦痛に歪んだ口元も、全て、弱く脆い。
それは14歳という年齢から来る幼さと未熟さ。
しかし、彼は10年後に、自分のためにその身の全てを投げ出すのだ。
「……君の弟は僕を恨まないと言ったけれど、」
膝をつく。
そっと伸ばした指先で、ぐったりとうなだれる首元へと触れる。
なめらかなその皮膚に、はっきりと浮かぶ黒い鬱血痕。
手加減なくやったのは自分の癖に、ひどく胸が痛んだ。
「……僕は二度と、君を失いたくないんだ」
白い頬に、手を添える。
目を閉じまるで眠っているような雛香に、雲雀は静かに口付けた。
「……君は、僕を憎めばいい」
そうすれば、君は犯さないだろう。
僕を庇うだなんていう、愚かな間違いを。
それが、僕の償いになれば。