君を咬み殺す3 | ナノ




崩れゆく表面
「……あー……」

 呟いた声が、暗いアジトの廊下に静かに響く。
 体が火照るのは、ビアンキ達と騒いだ余韻がまだ残っているからだと思いたい。
 後片付けはするからさっさと行きなさい、
 しっしっと犬でも追い払うかのように手を振った、何気に優しい彼女の姿が思い浮かび、消えた。

「……けほっ、」
 電気を点けなかったのは、我ながら正解だったな。苦笑とも嘲笑とも取れない笑みが、口元に浮かぶ。
 ぺたり、右手を壁につけ、雛香はははっ、と小さく笑った。

「……やりすぎ、たかな」

 目を閉じ、頭を壁に預ける。
 ひんやりとしたその温度が心地いい。


『…あなたは、今にも死ぬかもしれないのよ』
 心配と不安の滲む険しい瞳が、脳裏を掠める。


「……残念、だったな。ビアンキ」
 乾いた声で呟けば、勝手に早くなる拍動。
 う、と呻いて胸元を押さえれば、ヒュッ、と微かに喉が鳴った。

 くる。

 もう慣れてしまった、自分に笑える。


 ぐらり、感覚という感覚がかしいだ。
 
 目眩。
 壁に付けているはずの体の感覚が、わからなくなる。
 は、と上がる呼吸音に唇を噛む。勝手にぐらつく足にぎゅっと力を込める。
 膝をつきたいのは山々だが、どこが床でどこが壁なのか、最早判断がつきそうになかった。

「……っ、ぐ……」

 思わずあがった自分の声は、やけに遠く現実味がない。
 苦しくなる呼吸にくらりと意識が回る。体を折る。喉元を押さえる。
 ひやり、と耳元で冷たい感触がして、床に倒れ込んでいたことに気が付いた。

 おかしいな、いつの間に……。

 ひゅ、と耳障りな音が聞こえた。
 何の音かわからない。ただ息が上手くできない。心臓が握り締められるような感覚がした。
 痛い。熱い。息が苦しい。
 まとまらない思考が飛び交う。手を伸ばす。
 他の事は全て曖昧なのに、伸ばした手の感覚だけはハッキリしていた。
 何を掴もうとしたかもわからず握りしめた手の内は、

 やっぱり空っぽで冷たくて。


「……っ!雛香!」


 最後に聞こえたのは、必死で自分の名を呼ぶ、誰かの声。





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