最後の手段
木に叩きつけずるずると滑り落ちた少年は、ごほ、というくぐもった声とともに咳き込み吐血した。
ぐったりと俯くその顎の下、キューを差し込み、γはぐいっと顔を上げさせる。
「意識はあるだろ?お前なかなかタフだったらしいしな」
まあ妙に若い今はわかんないけどな、付け加えたγの先、ゆらゆらと焦点の揺らぐ黒い瞳孔。投げ出された両手は、ぴくりとも動かない。
虚ろな目をさまよわせる少年の前に片膝をつき、γはその顔を覗き込んだ。
「早いとこ吐いてもらわないと困るんだがな」
ぐっ、とキューを強く押す。喉を圧迫され、雛香は苦しげに顔を歪めた。だがその口から声は出ず、ただ唇だけが苦痛に動く。
「……ぐ……」
「なんだ?」
首元からキューを外せば、少年は盛大に咳き込んだ。
喉元を押さえごほごほと咳き込むその背格好は、ひどく小さく弱々しい。
「次期門外顧問と聞いてた割には、細っこいな」
呟き、ゆっくりと焦点を取り戻す目を見返す。
脱力しきったその身体は、やはりひどく小柄で脆い印象を抱く。もう1度攻撃すれば、 あっさり死んでしまいそうな程度には。
「お前もあいつらと同じ末路を辿る事になるぜ?」
γがちらり、目をやる先には、地に伏し動かない2人の少年。
寄せられた眉根にくっきりと苦痛の皺を刻み、ようやく意識のはっきりしたらしい相手は、目を細めこちらを見返した。
細められた目に浮かぶは、敵意。
しかし涙で潤んだその瞳に、大して威力は無い。
「……、めんな」
「……?」
先ほどと同じ強気な言葉を吐く少年に、片手で己の首に布を巻いていたγは眉をひそめる。
最早彼に、抵抗の余地は無いはずだが。
「……ったい、お前は、」
ころす。
瞬間、
予想外の早さで、相手の腕が動いた。
⇔
「!」
「……ッ……」
眼前で、相手の目が大きく開く。
驚愕に満ちたその瞳にかまわず、雛香はさらに強く唇を重ねた。
強引に引き寄せた襟元を掴む、その腕に付けられた傷が鋭く痛む。
震え力の抜ける手になけなしの力を込め、雛香はぐっとγの身を引き寄せた。重ねた唇、そこに無理やり送り込む。
思考を、
意思を、
相手を操り支配する、
『死ね』
絶対の命令を。
だが、衝撃にわななき相手の体を突き飛ばしたのは、
「……っ、なっ……?!」
相手では、なかった。
口元を押さえ、地を這う。
体の奥、胸の底から湧き上がるのは、紛れも無い、体内を焼き焦がすような、
そう、これは、
『――次、〈催眠〉を使ったら君は死ぬよ』
いつか脳内で響いた幼い声音が、よぎった。