君を咬み殺す3 | ナノ




さよならは言わないから
「いくよ」
「……雲雀?」

 突如3つの霧のリングを嵌めた雲雀に、雛香はうろたえ気味に声を掛けた。対峙する幻騎士も同じく困惑しているようだったが、雲雀に動じた様子は微塵もない。
 ただ、取り出した匣に燃え上がる指先を近づけ、

 ――何の躊躇いもなく、全てのリングを無理やり嵌め込んだ。


「なっ、雲雀!!」
「雛香」

 何してんだと言いかけて、突如ぐいっと引かれる肩。
 思わず一瞬硬直し、硬い胸元の感触を頬で直に感じて、さらに数秒フリーズする。
 だが、視界の端で輝く匣と轟音に、雛香は慌てて我に返ると同時、声をあげた。

「は、なっ、お前、こんな時に、」
「雛香」

 再び、名前を呼ばれる。
 その声音に、雛香は思わず息を呑んだ。

 さらり、髪を梳き後頭部を強く押さえる手。頬に感じる確かな温もり。
 すぐ横、光り弾ける匣兵器の輝きが目に痛い。


「――好きだよ、雛香」


 その瞬間、
 音という音が消えた気がした。

 匣兵器の眩い閃光と炎に占められた白い世界で、
 雲雀の体温と声だけが、体中に響く。



「ずっと、君を待っている」



 耳元、
 雲雀の囁きが、鼓膜を震わせた。



 ――いつまでも、この未来で。




「……――え、」

 呆然と雛香が見上げたその先、
 暖かい色に染まった黒の瞳が、ありえないほど優しく笑んでいるのが見えて、



 それを認識した瞬間に、勢いよく肩を突き飛ばされた。



***





「……ほう。あの少年は、いいのだな」
「うん」

 戦う人間以外を全て排除する、裏・球針態を発動させ、自身と幻騎士だけを中に残した雲雀が挑戦的に唇をつり上げる。

「あの子の顔を、最後に見たくはないからね」
「……?」

 幻騎士が不可解そうな顔をする。
 それを無視して、雲雀は足元に転がるトンファーを拾った。


(……宮野、雛香)



 脳裏に次々と浮かぶのは、
 果敢にナイフを振るうあの姿に、不敵に笑んだ表情、そして頬を真っ赤にしそっぽを向く横顔。
 だがそれらに被さるようにして浮かんできたのは、もう少しだけ大人びた、自分のよく知る彼だった。

 藍色と橙を同時に操る黒いスーツ姿、挑発するように笑んでは開匣する毅然とした表情、
 楽しげに笑っては仕方ないなあ本当にお前はと紡がれる軽口が、暖かく染まる黒の瞳が、


「……さて、始めようか」


 ――雛香。


「スケジュールが詰まってるんだ。手っ取り早く終わらせないとね」


 うっすら笑った雲雀の両の手の内で、鈍色のトンファーが静かに光る。



 ――どうか、次に目覚めた時は。


 君がいる世界で、ありますように。





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