雲対霧、そして
「ボンゴレ雲の守護者、雲雀恭弥、そして……お前は、10年前の宮野雛香か」
「……?」
素早く状況を把握した幻騎士の前、
名前を呼ばれた雛香が眉をひそめる。
「……君と会うのは二度目だね。霧の幻術使い」
「そうだな。雲の守護者よ」
「……は?何雲雀、お前あの丸眉毛と知り合いなの?」
「そうだね。知り合い、かな」
対峙する両者を見やり、雛香がすっとんきょうな声をあげる。
それに呟くように答え、新たなリングを付け替える雲雀。
「僕は術士が嫌いでね。這いつくばらせたくなる」
途端、
燃え上がる、紫の炎。
「まあ、彼に関しては――個人的な恨みの方が、強いかな」
「……え、」
それはどういう、
雛香が問いただすその前に、
目にも止まらぬ速度で雲雀は前へ飛んでいた。
***
「……なるほど、できる」
雲雀の匣兵器を切り裂き、その内より飛び出した幻騎士が口を開く。
そのまま自身が作り出した幻覚の蔦へ、体を絡ませると姿勢を安定させた。
「貴様ならオレの好敵手になりえるかもしれんな」
「それはどうだろうね」
対する雲雀は、いつもと何も変わらない。
無表情にロールを匣に戻すと、レプリカの匣を取り出した。
「僕の好敵手にはそう簡単にはなれないよ」
「――雲雀!おいっ!!」
2つの匣に炎を注入しながら、雲雀は後方で叫ぶ少年の声を聞き流す。
「無視すんなお前!俺にも戦わせろっての!!」
「そう、精々あの子くらいだね」
僕の好敵手と呼べたのは。
後ろで不機嫌な声をあげる雛香にはギリギリ届かないであろう、
加減された声量で付け加えられた雲雀の囁きに、幻騎士はピクリと眉を上げる。
「……オレを、恨むか」
「そうだね。心の底から憎んでいるよ」
淡々と返す雲雀の顔を、天井から見下ろす幻騎士。
「……もとはと言えば、貴様を殺す筈だった」
「知ってる」
「宮野雛香は無傷で連れて来いというのが、白蘭様の命」
「それも聞いた」
遠くで1人、雛香の叫ぶ声がくぐもって届く。
ちらり、幻覚の草木に覆われ地に埋もれる幾人かの横顔を見つけ、雲雀は静かに息を吐いた。
鮮血の飛び散った頬に、ぐったりと目を閉じるその姿。
自分が知っている24の彼より、ずっと幼いその横顔。後方で叫ぶ兄と、よく似た面影を宿す顔だ。
……間に合わなかった、か。宮野雛乃。
後方で佇む彼が見たら、一体どんな反応をするだろう。発狂しそうだ。
そんな考えが頭を掠めていったのは一瞬で、次には目の前の獲物に意識を集中させていた。
「……まさか、宮野雛香自身が、オレの剣先の前に飛び込んでくるとは」
「彼はずいぶん自己犠牲が好きみたいでね。10年前から変わらない悪癖だ」
淡々と言葉を交わしながらも、両者は互いにその手の内で炎の圧力を高めていく。
「……次こそ、必ず貴様を葬る」
「望むとこだね」
空を、二色の炎が彩った。
***
「君の幻覚は頭の中の想像を映像化したものだ。……映像処理が間に合わないほどの負荷を君に与えたら?」
「!」
振りかぶったトンファーの影、双剣を薙いだ幻騎士が眉を寄せる。
「く……」
「やはり、」
高速で叩きこまれる雲雀の攻撃に、勢いよく下がった幻騎士の口から、初めて焦燥の声が漏れた。
その前、頭上を見上げ呟く雲雀。
「綻びはじめたようだね。……これが、君の匣兵器」
「幻海牛〈スペットロ・ヌディブランキ〉。姿を見たのはお前が初めてだ」
「それは光栄だね」
「そして、最後の1人となる」
言い終える前に、空を緩やかに落下していた幻海牛の動きがピタリと止まる。
明らかに、その下で佇む雲雀を――標的にして。
「幻覚を構築する海牛自体が、破壊力を持っている、というわけか」
少しの動揺も見せず、つまらなさげに雲雀はトンファーを閃かせる。その目前、次々と迫る幻騎士の海牛の群れ。
だが、その鈍色が振りかぶられる、その前に。
「地獄の業火〈フィアンマ・デラ・インフェルノ〉!!」
――ドス黒い炎が、どこからともなく巻き起こった。
「……雛香、」
「お前ばっか戦ってんじゃねーよ馬鹿」
雲雀の前を塞いだ雛香が、むすっとした顔で振り返る。その先、次々と消滅していく海牛の数々。
いつの間にやら馬並みのサイズに成長したケルベロスが、その傍らで得意げに尻尾を振ってみせた。
「――俺にも戦わせろ。雲雀」