タイムリミット
「ッ!」
「上手く避けたね」
子供でも褒めるような口調とともに、地へと下り立つ幻騎士の頭上をワイヤーが覆う。
それらを俊敏に剣で弾くと、幻騎士は眉を寄せ振り返った。先ほどまで自分がいた地点から、うっすらたなびく白い煙。
「……幻覚ではないのか」
「僕のオルトロスが幻覚だけしか吐けないと思うの?今の光は本物だよ。なんなら撃たれてみれば?」
「……。」
無言を貫いたまま、幻騎士は微かに目を細める。
(……不味い)
目の前、対峙する青年を見据える。
両の手にワイヤーを絡ませ微笑む、その瞳は冷め切った色をしていた。
(このオレの幻海牛〈スペットロ・ヌディブランキ〉をもってしても、相手の幻覚を破ることが出来ない……)
幻術対幻術、それはつまるところ化かし合い。
相手の想像のリアリティとその現実化への力を互いにひたすら打ち破り、五感を支配するにかかる。
そうして相手に知覚を奪われた時、自身の負けが決定するのだ。
匣兵器を使い幻覚を作り出そうとしても、弾かれるようにしてすぐさま青空と草原が修復されてしまう、今のこの状況は、
つまり。
「……言ったでしょ?前半は認めてあげるって」
僅かに首を傾けて、雛乃は口端を引き上げ笑う。
「まあそれでも、僕より雛香の方が霧の扱いに長けてたけどね」
付け加えられた言葉の横、巨大化していくオルトロスが低く唸った。
「――じゃあね。どうか安らかに、なんて死んでも言わないから、」
どうぞ、地獄の底で苦しんで。
息を呑み一歩下がった幻騎士の前、
部屋を飲み込むかのごとく膨れ上がったオルトロスの口から、強大な光が放たれる、
――その、一秒前に。
「?!」
ハッと雛乃は目を開き、自身の体を見下ろした。
消えゆく足元から立ち上る、白い煙。ほぼ同時に、周囲の景色が揺らぎだした。
「……なっ……!」
とっさに手首を持ち上げれば、確実に時を告げる腕時計。
傍らのオルトロスが、異変に尾を震わせたのがわかった。今にも放たれんと溜め込まれた光が、威力を失い消えていく。
――しまった、時間が……!!
くっと顔を歪めた雛乃の前、突然元の景色に戻った部屋に、幻騎士が目を見開き周囲を見渡す。
相手は戦闘の猛者だ。状況把握をすれば、すぐに立て直すのは間違いない。
脳内で警鐘が鳴り響く。雛乃はぱっと首を回した。
今、僅かな時間で自分ができることは、ただひとつ――。
「山本!!」
振り返り叫んだ先で、ラルを抱えたままの山本がぽかんとこちらを見返した。
――ゴメン、山本。
スケジュールが狂ってしまったせいで、僕のせいで、
君に――。
「――今すぐ、ラルを連れて逃げろ!!」