繋げた心
放り投げられたのは、スプリングのきいたベッドの上だった。
「雲雀、」
呼び掛けても答えは返らない。怖い。
いつか、畳の上に放られた時とは全く異質な雲雀の雰囲気に、雛香は思わず身を固くした。
獄寺といた廊下からいく分離れたどこかの空き部屋、押し込まれたその場所は、あまりに策然としていて無味乾燥という言葉がぴったりだった。
元々機能性を考えられたわけではなさそうなそこにあるのは、白いシーツの掛かったベッドに小さなローテーブル、それからランプ。
スイッチを入れるだけで簡単に明るくなったそれを無造作にローテーブルに置き捨てて、雲雀はこちらに一歩進んだ。
ベッドの上で顔をこわばらせる、雛香の元へ。
「ひばり、」
自分のすぐ傍で歩みを止める、黒い姿を見上げる。
心臓はまだ痛いほど脈打っていた。全身がどくどく言っている。熱い。なのに手足は冷えていた。
怖い。わからない。
雲雀が――何を考えているのか。
「……っ、お前、なんで急にこんな、」
怯えか寒気か、何から来ているのかもわからない身体の震えを見られたくなくて、ごまかすように声をあげた、
その、瞬間。
「――?!ッ、?……ふ、」
雲雀の顔が、目の前にあった。
ぐっと背中がシーツに押し付けられる。
真上に覆い被さった雲雀が、頬を両手で挟み深く舌を食む。なぶるように絡められる。
「……ふっ、ぅ……っ、」
そんな口付けは、初めてだった。
自分の時代の雲雀とも何度かキスはしたが、こんなに深く、そして余裕の無いキスはなかった。
まるで、全て喰らい尽くすかのような、こんな、性急なキス。
「……っ、ん、んんっ……」
舌と舌が絡む淫猥な音。
一瞬だけ離れた唇が、ぬらりと光る。ランプの明かりに照らされたその光景は、全て滲んでぼんやりしていた。
全身がどくどくしているのはさっきと何も変わらないはずなのに、押し潰されそうな嫌な感覚は微塵も感じなくなっていた。ただ、熱い。
雲雀の舌がうっすら唇をなぞっていって、それだけで投げ出した手の先が震えた。気持ち良い――そう認めてしまうのはひどく後ろめたいことのように思えて、とっさに顔を背ける。
「……ひばりッ、」
伸ばした手で肩を押さえる。頭上を塞ぐ雲雀の体を強く押し離しているくせに、どこか離れたくないと思っている自分がいる。目が熱くなる。
「……なんで、んなこと、いきなり……」
やめろ。
そう言い切れない自分に気が付いて、もう泣きたくなった。なんなんだよ、こんなの。
誰もかれも、これ以上引っ掻き回さないで欲しい。俺はただ雛乃の幸せを、そうそれ以上は望まないし望めない、そのはずだったのに。
いつの間にか、雲雀との関係を――今以上の、確かな足場を欲してやまない自身の浅ましい感情に、嫌悪を抱いた。
獄寺を拒めないのも同じだ、だってわかってしまっている。振り返らない相手へ向ける、この行き場のない感情、それが――。
「ここまでやってもわからない?」
ぐい、と顎を指で捉えられる。視線が合う。
前髪の下から覗く、その黒い瞳は鋭くキツい。
「……わからない、って」
「君が混乱するだろうから、14歳の君を汚すような真似はしたくなかったから。そう思って抑えてきたんだけど、君は何ひとつ気付かないよね」
苛むような雲雀の言葉に、雛香は息をつくこともできない。
わからないー理解できない。頭の中が固まって、けれどゆっくり暖かく溶けていくような感覚がして――え、待って。だって、それって。
「獄寺隼人にあそこまで気を許して。馬鹿じゃないの?それとも彼が好きになった?彼といる方が良いっていうの?」
「ひば、」
「まあ」
反射的に開きかけた口を、人差し指で押さえられる。
「――今さら何を言おうとも、譲る気はさらさら無いけどね」
一瞬で、唇が重なった。