君を咬み殺す3 | ナノ




変わらないもの
「……え、」
「ほんと、隙だらけだよな。てめぇ」

 ぐ、と肩を掴む手の力が強くなる。
 こつり、額を軽く触れ合わせて――目の前、銀の双眸は、きらりと光った。

「……ま、はや、」
「うるさい奴」

 押しのけようと上げた手が、空を切った。


***




「……っ、う……はな、」
「黙れ」
 無理やり獄寺の腕を掴んだせいで、怪我をした箇所が鈍く痛む。
 はっ、と浅い息を吐きながら離れてゆく唇に顔を上げる。目を伏せるように細めて、こちらの顎に手をかける獄寺の顔が視界に映った。

「……やめろ、って」
「嫌か?」

 ことり、背中が壁にぶつかる。
 押し付けるようにしてこちらを見る、至近距離の瞳に今にも飲み込まれそうな気がした。

「……いやか、って」

 不自然なところで言葉を切り、視線を逸らす。
 いやか?そりゃ嫌だろ。
 そう即答できないのは、きっと。


『……答えは、期待してない』


 そう言った時のあまりにも悲しそうな目が、胸を未だくすぶらせるから、だろうか。
 でも、俺は……。

「なら、」
「!」

 一瞬の逡巡の隙に、くいっと顎を上げられる。

「黙ってろ」
「は、」

 やと、と名前を全て言い終える前に、強引な力で唇を塞がれた。


***




「……っ、は……っ、」
「……っ……ん……」

 ぴちゃり、濡れた水温が鼓膜を震わす。
 ずる、と壁に預けた背中がすべり落ちていくのを感じると同時、足の間に獄寺の膝が割り込んだ。
「!ぁ、」
 思わずびくりと肩をすくめる。両手はいつの間にか拘束済みで、握られた指先をそのまま壁に押し付けられていた。

「ふ、っ、……」

 ちゅく、と生々しい音が響く。
 とっくに体から力は抜けていた。床にだらしなく座りこまずにいられるのは、未だに獄寺の膝が割り込んでいるからだ。

「……雛香」
「っ、!」

 やっと離れた唇が、耳元で低く名前を呼ぶ。
 掠れたその声音が、ひどくくすぐったく全身が緩く痺れるようで、雛香はいやいやとやっとのことで首を横に振った。

「……何だよ、今更」
「っ、て、こんな、の……だめ、だ」
「何が」

 耳朶を噛まれる。「ぁ、っ」思わずあがった声に目をぎゅっと閉じれば、絡んだ指先に力が入るのを感じた。

「……って、俺は……」


 ――雛香。

 穏やかな声で自分を呼ぶ、切れ長の瞳。
 黒い目をすっと細め、その肩に黄色い鳥を止まらせて。

 早く始めるよ。ほら銃出して。

 その姿がぶれて、服装が黒いスーツへと変わる。

 早く始めるよ。ほら匣出して。


 そう、
 10年経っても何も変わらない。変わらなかった。
 雲雀が自分を昔から変わらない、と形容したように、雲雀もまた、雛香にとってなんら変わりない。そう感じた。
 暴君で、自己中で、凶悪で、最強。
 そんなどうしようもないほど変わりない奴に、でもいつの間にか惹かれていて。
 その想いは、10年経とうと変化はない。

 おそらく、叶わない想い、なのだけれど。
 でも。


「……っ、隼人、」

 指先を、ほどく。
 微かに痛む腕を伸ばして、肩を無理やり引き離す。

「――ごめん」

 ごめん、隼人。
 でも。


「……俺は、」


 俺のこの気持ちも、
 変えられない、変わらないのだ。



 ――俺は、雲雀が好きなんだ。





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