変わらないもの
「……え、」
「ほんと、隙だらけだよな。てめぇ」
ぐ、と肩を掴む手の力が強くなる。
こつり、額を軽く触れ合わせて――目の前、銀の双眸は、きらりと光った。
「……ま、はや、」
「うるさい奴」
押しのけようと上げた手が、空を切った。
***
「……っ、う……はな、」
「黙れ」
無理やり獄寺の腕を掴んだせいで、怪我をした箇所が鈍く痛む。
はっ、と浅い息を吐きながら離れてゆく唇に顔を上げる。目を伏せるように細めて、こちらの顎に手をかける獄寺の顔が視界に映った。
「……やめろ、って」
「嫌か?」
ことり、背中が壁にぶつかる。
押し付けるようにしてこちらを見る、至近距離の瞳に今にも飲み込まれそうな気がした。
「……いやか、って」
不自然なところで言葉を切り、視線を逸らす。
いやか?そりゃ嫌だろ。
そう即答できないのは、きっと。
『……答えは、期待してない』
そう言った時のあまりにも悲しそうな目が、胸を未だくすぶらせるから、だろうか。
でも、俺は……。
「なら、」
「!」
一瞬の逡巡の隙に、くいっと顎を上げられる。
「黙ってろ」
「は、」
やと、と名前を全て言い終える前に、強引な力で唇を塞がれた。
***
「……っ、は……っ、」
「……っ……ん……」
ぴちゃり、濡れた水温が鼓膜を震わす。
ずる、と壁に預けた背中がすべり落ちていくのを感じると同時、足の間に獄寺の膝が割り込んだ。
「!ぁ、」
思わずびくりと肩をすくめる。両手はいつの間にか拘束済みで、握られた指先をそのまま壁に押し付けられていた。
「ふ、っ、……」
ちゅく、と生々しい音が響く。
とっくに体から力は抜けていた。床にだらしなく座りこまずにいられるのは、未だに獄寺の膝が割り込んでいるからだ。
「……雛香」
「っ、!」
やっと離れた唇が、耳元で低く名前を呼ぶ。
掠れたその声音が、ひどくくすぐったく全身が緩く痺れるようで、雛香はいやいやとやっとのことで首を横に振った。
「……何だよ、今更」
「っ、て、こんな、の……だめ、だ」
「何が」
耳朶を噛まれる。「ぁ、っ」思わずあがった声に目をぎゅっと閉じれば、絡んだ指先に力が入るのを感じた。
「……って、俺は……」
――雛香。
穏やかな声で自分を呼ぶ、切れ長の瞳。
黒い目をすっと細め、その肩に黄色い鳥を止まらせて。
早く始めるよ。ほら銃出して。
その姿がぶれて、服装が黒いスーツへと変わる。
早く始めるよ。ほら匣出して。
そう、
10年経っても何も変わらない。変わらなかった。
雲雀が自分を昔から変わらない、と形容したように、雲雀もまた、雛香にとってなんら変わりない。そう感じた。
暴君で、自己中で、凶悪で、最強。
そんなどうしようもないほど変わりない奴に、でもいつの間にか惹かれていて。
その想いは、10年経とうと変化はない。
おそらく、叶わない想い、なのだけれど。
でも。
「……っ、隼人、」
指先を、ほどく。
微かに痛む腕を伸ばして、肩を無理やり引き離す。
「――ごめん」
ごめん、隼人。
でも。
「……俺は、」
俺のこの気持ちも、
変えられない、変わらないのだ。
――俺は、雲雀が好きなんだ。