君を咬み殺す3 | ナノ




宣戦布告
「……あ」
 驚き目を開いた雛香の前、無表情にずいっと進み出る黒髪の青年。

「雲雀」

 だが雛香がそれ以上何か言うより早く、傍らの獄寺が前に出た。


「……悪ぃけど、お前がグズグズしてるうちにこいつは俺が貰うからな」


「……は?」
 思わず首を横に回す。
 隣の獄寺は自分を引き寄せ、睨むように見据えていた。雛乃の横、無言で見返す雲雀の目を。

「は、まてまてお前何を、」
「ふふ、獄寺……なるほど、僕の雛香を手に宣戦布告ってわけ?……殺していい?」
「お、落ち着け雛乃頼むから!」
「へえ」

 冷徹に微笑む雛乃に慌てる雛香、
 だがその横で放たれるは、

 地を這うように低い、冷ややかな声。


「たがが手を繋いだ程度で、恋人気取りかい?」


「……ひ、」
 あまりに冷え切った声に、雛香は反射で口を開く。だがそれ以上言葉を紡ぐ前に、またも獄寺が遮った。

「決めたんだ。……いつまでもはっきりしねえ、てめぇにこいつは渡さねーよ」


 無音。

 睨めあげる獄寺に、無表情で見返す雲雀。
 は、と目を見開き硬直する雛香の前、雛乃は驚いたように瞬きをし――。


「……ふうん。そう」


 するり、
 動いたのは、雲雀だった。

 横をすり抜けていく風に、雛香は固まったまま視線すら動かせない。
 腕を掴む獄寺の手に、ぎゅっと力が入るのをただ感じていた。


「……精々、足掻けば?」


 非常に冷淡に言い放ち、雲雀は廊下を歩み去っていった。




(……え)
 しばらく経って、やっと少しだけ首を回す。
 背後、闇に沈む廊下の先に、あの黒い背中はとっくに見えず。

『精々、足掻けば?』

(……な、んだよ)

 それだけ、か。
 そう思ってしまった自分に、気が付いた。

 腕を握る獄寺の手の感触も、つながれた手の温度もどこか遠い。
 ただ、胸元を冷たい風が吹き抜けていったような気だけはした。

(馬鹿か……)

 きゅ、と唇を噛み締める。
 そうだ、そんなこと思うだなんて間違ってる。
 雲雀の内心なんて欠片もわかっていやしないのに、そんな感情を抱く方がおかしいのだ。
 獄寺にだって悪い気がする。故意ではないが、まるで利用したみたいで。

(……けど)

 少しだけ――少しだけ、期待しただなんて。
 低く不機嫌な声が聞こえた瞬間、
 もしかして、もしかしたら、

 多少、嫉妬してくれたんじゃないか、なんて。

「……あほらし」


 ……駄目だ。未来に来てからというもの、やたら感傷的、というか女々しすぎる。
 はあ、と詰めていた息を吐き、雛香は床へと視線を落とした。


***




「……あーもう、どこまでも素直じゃないんだから……で、獄寺、今すぐ雛香から離れてくれる?というより金輪際近づかないでね?わりかし僕は自分に素直だから、本気で匣、開匣するよ?」
「なっ、待てっての!この度を越したブラコンが!」
「ふふふー、それ褒め言葉ね?とりあえず今すぐどかないとココ血の海に化すよ?」
「化すんじゃなくててめぇがするんだろうが!」

 冷たい殺気を放ちながら笑顔を見せる雛乃に噛み付き、獄寺はちらりと横に目をやった。
 未だ手を握ったままの相手は、いつの間にやら視線を床に落とし、黙り込んでいる。
 その目に暗い影が宿っているのを見、チッと獄寺は舌打ちをした。やっぱりか。

(……くそ)

 手をつないでも腕を引いても宣言しても、その程度では届かないらしい。
 黒い背中を追いかける、この少年の心には。

「……ちょっと聞いてる獄寺隼人?灰になるか餌になるかは選ばせてあげるから」
「ちょっ、待て!餌ってなんだてめぇ!」
「もちろんオルトロスの餌だよ」
「何がもちろんだ!」

 殺意ダダ漏れの雛乃を前に、仕方ないなと内心で舌を打つ。


 意識はされているのだから、遠い道のりでは無いだろう。
 届かないのなら、振り向かせるだけだ。

 強気で減らず口で意地っ張りな、優しく不器用でまっすぐな瞳の、彼の背中を。





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