繋がる縁
ローダローダ、とミルフィーユがタージャに話しかける鳴き声をBGMにしながらトウカの隣を歩くミスミは、ふと彼女の持っているバスケットに目をやった。


「それ、なんだ?」

「ママと作ったお菓子を詰めているの。
みんなと食べられるようにたくさん作ったから、ミスミもぜひ。」

「へえー、相変わらずの甘いモノ好きだな。
けど、前会ったときに食べたクッキーも美味かったしな。楽しみだ。」


今日はクッキーの他にドーナツやタルトもあるのだと話すトウカ。
ミルフィーユがロダァっとタージャに高い声で鳴く。
タージャもぜひ召し上がってね、と言っているそれに対し、タージャはまたしても満更でもなさそうに頷いていた。
本当は嬉しいくせに、とミスミが口にすると、タージャはフン!と鼻を鳴らして、皮肉げな鳴き方で。


「ジャーロォ、ローダ。」

「お前今、どっかの誰かはお菓子もろくに作れないくせにとか言ったろ。」

「ロダ。」

「あーあー、悪かったな!」


澄まし顔で視線をミスミのいる方向から別方向へ流すタージャにミスミが半目になる。
どうしてトウカが出来て、ミスミに出来ないことがあるとタージャが得意げになるのだか。


「相変わらずね、アナタたち。」

「ローダ。」


ケンカというには可愛げのあるやり取りに仲の良さを見出して、トウカとミルフィーユは以前となんら変わりない一人と一匹に向かって呟いた。





案内されたのは、アララギ博士の研究所内にある広大な庭だった。
牧場状になっているそこは、アララギ博士が研究用にと育てているポケモンの他にトウカたちトレーナーが旅立った際、手持ちの所持数を越えた場合に預けられるポケモンが暮らせるようになっている。

ミスミは、こちらの世界でのアララギ博士にも会ってみたかったのだが、ちょうど留守にしているらしく会うのは叶わなかった。
トウカの話を聞く限りでは、自分のところとそう変わりのない、ハイテンションで聡明な人物だそうだ。


研究所内を通って庭へ出れば、見知ったトウカの手持ちのポケモンたちがすでにボールから出て遊んでおり、その他にも多くのポケモンたちが周囲で思い思いに過ごしている景色が広がっていた。

空を飛ぶウォーグル――あれはきっとトウカのフランだ――と、♂のケンホロウ。
水辺で涼んでいるダイケンキ。
周囲をぐるぐると駆け抜けていくレパルダスとエーフィ――きっとパフェだ――と、やんちゃないななきを響かせるゼブライカ――間違いなくワッフル――がいる。
その後ろをキッシュというニックネームをつけられていたトウカのストライクが追いかけているので、きっとまた勝手におにごっこを始めたのだろう。
ミスミのボールが待ちきれないとばかりに疼くのを片手で抑えながら他を見やれば、コジョンドが2匹見えた。
1匹は色違いで、1匹はおそらくトウカのコジョンド――ムースだ――が2匹が並んで座禅を組み、瞑想をしている。
巨大な岩陰では、オノノクスやムシャーナ、ムーランドや色違いのシャンデラ、そしてゾロアークとキュウコン――シフォンとトルテに違いない――がゆったりと寛いでいる。
しかし、よく見てみると、あの巨大な岩はこうあつポケモンのギガイアスであることが判明した。
近くで木登りを競い合うヤナッキーと色違いのバオッキーの下で、ぽやぽやと寝こけているのはトウカのヒヤップのシャルロットだろうか。

トウカ曰く、ここで遊んでいるポケモンはトウカと、そして、ここに集まった彼女の幼なじみの手持ちらしい。
トウカの幼なじみ――それは、ミスミにとってもよく知っている、チェレンとベルだ。
ポケモンたちの観察に頃合いをつけ、ミスミがおそらく自分の記憶にあるものと違わないだろう二人の姿を探すと、反対側から鈴を転がしたようなソプラノが聞こえてきた。


「あ、トウカ!」


振り返ると、目に鮮やかな白のロングスカートを履いた金髪の少女の顔がある。
緑色のベレー帽、ぴょこんと跳ねた箇所のあるプラチナブロンド。
白い肌に健康的な薄桃色を乗せた彼女の容姿は、まさしくミスミの幼なじみのベルその人である。

ベルが声を上げたことで、こちらに気付いた短い黒髪の少年――メガネをかけた、知的な雰囲気の彼はまさしくチェレンだ――もこちらに歩み寄ってくる。


ミスミとタージャが、やはりというべきそっくりな二人の姿に驚きかけたが、そもそもはじめからわかっていたことに驚くまでもないと考え直すと、途端にいつもの調子を取り戻した。
直後、くりくりとよく動くエメラルドの目がミスミの姿を捉える。


「あれ?トウヤ?」

「何言ってるんだい、ベル。トウヤならそこにいるだろ。」


首を傾ぐベルの隣で、向こう側を指差すチェレン。
示された先を辿ると、ポケモンたちにお菓子を配るミスミそっくりな少年の後ろ姿が見つかった。
ハッとミスミとタージャの目が丸まる内にベルが視線をミスミに戻し、改めて首を傾げる。


「あれえ?本当だ……。じゃあ、そっちは?」

「トウカが連れてるんだから、きっとトウヤにイリュージョンをしたトウカのゾロアークの仕業じゃないかな。」

「ゾロ。」


なにせトウカのゾロアークはかなりのイタズラ好き……と言い掛けたチェレンの目の前にシフォンが立っている。
なんか用かと不遜に腕を組む彼の隣で、コンっと鳴いたトルテが、シフォンならここよーと言うようにチェレンにニッコリと笑いかけた。


「……え?」


固まるチェレン。
ますますわからなくなるベル。
驚愕と困惑の二つを表情に混ぜ込んで視線を行ったり来たりさせる二人の額に汗が浮かぶ。


「えっ、ええっ?」

「まさか、だってトウヤはあっちに……、」


そんなばかな……と目を白黒させて目の前のシフォンと、向こう側にいるトウヤ、そしてトウカの隣にいるミスミを見やるチェレン。
その隣では、どうなってるの〜!?と、盛大に驚きを露わにして、口をあんぐりと開けたベルが忙しなくわたわたしていた。

あからさまに動揺する二人の様子を見て、まあ当然の反応だよなと思うのと同時にミスミは笑いを堪えるのに必死になっていた。
きっとミスミのところのふたりも、同じ状況に陥ったらそっくりな反応をするに違いないだろう。
そう思うと余計に楽しくなってきたところで、トウカが一歩前に出た。
ネタばらしをするようだった。

しかし、さてどう言ったものか。
僅かに後ろから見えるトウカの横顔には、説明に困っているような様子はない。
こんなときまでクールなんだな、と感心するミスミがトウカに説明を任せて静観を決め込む。


「チェレン、ベル、紹介するわね。
トウヤくんの生き別れの双子のお兄さんのミスミよ。さっきそこで会ったの。」

「なんだその唐突な設定と雑な説明。」


静観できなかった。

即ツッコミを入れてしまったが、仕方ないだろう。
なんなんだ一体それは。唐突すぎてついていけないじゃないか。

おいトウカ、と呼びかけたミスミはこちらへ近付いてきた自分と瓜二つの少年に気付き、思わず目を見開いて固まった。

――――おそらく彼がウワサの"トウヤくん"なのだとすぐにわかったのだが、とっさに身構えてしまったのだ。

しかもトウカの雑なジョークに混ぜられたのだ。
ひょっとすると文句の一つでもつけにきたのかもしれない。
だが、彼は自分と全く同じ外見のミスミに向かい、警戒心を露わにするどころか友好的に握手を求めてきた。
ミントの香りを漂わせた、爽やかな笑顔で。


「なんだ、誰かと思ったらオレの兄さんだったんだ。
不思議だな。なんか、はじめましてな気がするよ。元気だったかい?」

「十中八九はじめましてだろ。」


ダメだ、こいつもこいつでマイペース野郎だ。

なんなんだ本当に一体これは。
唐突に始まった茶番に、それまでチェレンとベルの慌てぶりに笑いを堪えていたミスミは、あっという間にそれどころではなくなってしまったことに、しかめっ面を隠せずにいる。
途中まではドッキリを仕掛けているみたいで面白かったのに、途端にツッコミに回らなければならない状況にミスミの方が精神疲労しそうだ。
思わず額を抑えてしまい、ミスミは唸る。
横にいるタージャは、なんだこれとジト目全開で事の流れを眺めていた。

というかトウカ、お前幼なじみが相手だとそんなくだらない冗談言えるんだな。
あと、ノってきてるのかマジなのかがわかり難すぎるオレのそっくりさんの笑顔が爽やかすぎてこえーんだけど。

いろいろ言いたい言葉はあるが、




「落ち着きたまえ。彼はトウヤじゃないよ。」




「…………N……?」




雑な空間に突然落とされたその声は、やたらと早口で、しかし、いやに耳に馴染んでしまう青年のものだった。


まさか、とミスミがおそるおそる振り返る。
やけに緊張をしているのは、自分の予感が当たっていることへの不安なのか期待なのかが曖昧だった。

高原に佇む、細長いシルエット。
風にそよがれる長いグリーンの髪はクセっ毛で、跳ねている部分が多い。
キャップから服装までモノクロに纏めたシンプルな格好をした彼は、飾らない姿をしていながら掴みどころのない儚さとミステリアスな雰囲気を醸し出している。

その緑色も灰暗かっただろう瞳も早口もミスミは全部知っている。
それこそ幼なじみの二人のように。
否、しかし……目線の先にいる"N"は間違いなく――、


「トウカの世界のN、なんだよな?」

「ええ、そうよミスミ。彼が私の世界のN。
そして、こっちがベルとチェレン。アナタにそっくりな男の子はトウヤくん。」


さっきはへんなことを言って驚かせて、ごめんなさい。
改めて、きちんとアナタを紹介するわ。

そう言って口角をわずかに上げたまま話したトウカの顔が以前よりも明るくなっているように感じた理由を、ミスミは外せずにいる目線の先の人物に少しだけ見出した気でいた。
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