おつかい!
「ブイブイっ!」

「……!ロア……?」


急に耳を立てて、大きな声で鳴いたイーブイ。
ゾロアが眠たげな半目をわずかに見開き、立ち止まった。
どうしたのかを尋ねる前にイーブイは進路を変えて、丘の上へと走り出してしまう。


「ブーイ!ブイブイ!」


おっきな花が咲いてる!そんなことを鳴きながら行ってしまうイーブイにゾロアは一瞬沈黙してから、ハアとため息を一つ吐き出して早足で追いかける。
こうと決めたら止まらないからゾロアのストップなんて意味がない。
こんなだから、つまみ食いも止められなかったのだ。

丘を登るゾロアの目に、みろよゾロアー!とイーブイが花の前でぴょんぴょん跳びはねる姿が映る。
太陽光に縁取られたふさふさの毛が忙しない動きに合わせてピョコピョコしていて、イーブイの軽やかな笑顔がどこか眩しく感じる。

――まあ、いいか。

そんな風に思えてしまうことが少しも嫌ではなかった。


「ブ〜イ〜っ!イブ!ブイブイっ!」

「ゾロー……。」


丘の上に一本だけ咲いている花は、太陽の方を向いて黄色い花びらを広げており、その大きさは1メートル強あるだろう。
イーブイとゾロアが大きなその花を見上げていると、ふいに花がピクンと動いた。
風に揺られたわけでもない不自然な動きを間近で捉えた2匹の耳がピン!と直立する。


「「?」」


顔を見合わせる2匹。
確かに今花が動いたことを目で頷き合うと、おそるおそるイーブイが前足を伸ばし、自分の胴体ほどある太い茎をちょんっと突っつくと……花が飛んだ。
茎ごとその場から飛び上がる光景にイーブイとゾロアの毛が一瞬ぶわりと逆立つ。

何が起きたのか理解が追い付かず、目を白黒させていると地に足をつけて着地した花がゆっくりと振り返る。

それは、ポケモンだった。

その様子を丘の下から覗いていたメイたちも花の正体に驚いていた。
ポケモン図鑑を取り出したメイは、ヒマワリにそっくりなあのポケモンをこっそり調べてみる。


『キマワリ たいようポケモン
浴びた日差しをエネルギーに変換するため、昼間はずっと太陽の方を向いている。』


ボリュームを最小限に抑えた機械音声の説明により、メイたちはあのポケモンの正体に合点がいった。
どうやら太陽光を吸収しているうちにうたたねしていたらしく、イーブイがいきなり触ったことで驚き、文字通り飛び起きたようだ。

キマ〜と鳴きながらキマワリは葉っぱの手で頭部の花びらを撫でて、常に笑んでいる顔に照れた様子を浮かべている。
うっかり眠っていたところを見られて恥ずかしがっているようだった。
イーブイはケラケラと笑っており、ゾロアは正体がわかってからはいつもの表情に戻って、大人しくキマワリを見上げている。
突然起こされても特に怒った様子もなく、キマワリはイーブイとゾロアに手を振ると、パタパタと丘を駆け下りて去っていった。


「ブイブーイっ!」

「ロア、ローア。ゾロ。」

「ブイィー?」


キマワリが行ってしまったところで、イーブイたちも丘を下りて目的の道を歩き始める。
びっくりしたけど面白かったなー!と鳴いたイーブイにゾロアは寄り道はダメだと首を横に振った。
えー?と不満げなイーブイだが、ゾロアはそれっきりツンっと澄まし顔でイーブイの隣を歩いている。
下手に小言を言えば、また強引に突破されてしまいそうだったからだ。
これ以上は聞く耳を持たないぞ、というゾロアの態度にイーブイはやはり自然豊かな景色に目移りしながらも急に駆け出す真似は出来るだけ抑えて、ゾロアと共にゲートを潜ったのだった。





そうこうしているうちにビレッジブリッジ到着したイーブイとゾロア。
ソウリュウシティとカゴメタウンを結ぶ道路を挟んだ場所にあるこの橋は、イッシュ地方でもっとも古い橋であり、趣のあるレンガ造りで出来ている。
『村』に相当する『ビレッジ』と名がつくだけあって、豊かにせせらぐ大きな川を跨いで建てられた橋の上には民家が立ち並んでいた。
それもイッシュ地方の各地に建てられている橋にはない特徴だろう。

広い階段を跳ねるようにして駆け上がったイーブイとゾロアは、それぞれブイ〜やロアーといった吐息交じりの鳴き声でビレッジブリッジの広さに感嘆を示した。
prev * 4/12 * next
- ナノ -