そんな日常
「運命の赤い糸って、本当にあるのかな?」
脈絡なくそんなことを言い出した数馬を、藤内は怪訝な顔で見つめた。
二人で忍たま長屋の縁側に座って、藤内が買ってきた大福を食べているところだった。
別段そんな雰囲気なわけでもなく、数馬も大福を頬張って和んでいるので、深い意味があるわけでもないのだろう。
それでも生来の性分ゆえに、藤内は真剣に考えて答えをだした。
「ないと思う。そんな不確かなものは信用出来ない」
「藤内は現実的だよな。まあ、僕もあったらいいなーくらいにしか思ってないけど」
のほほんと笑ってお茶を啜った数馬がいつものように蒸せたので、藤内は慣れた手付きで背中を擦ってやった。
大丈夫か、といつものように声をかけると、やはりいつものように、大丈夫、と笑って礼を言われる。
そうしたら、これまたいつものように、遠くから左門と三之助の名前を呼ぶ作兵衛の声が聞こえてきて、二人同時に顔を上げた。
「またあの二人が迷子になったのか」
「作兵衛も大変だな」
「もし赤い糸が実在していて、しかもそれが作兵衛と三之助と左門を繋いでいたら、作兵衛は迷子探しのためにあんなに走り回らなくてもいいのにな」
藤内にしては珍しく荒唐無稽な話ではあったが、数馬は馬鹿にすることなく、むしろ感心したようにしきりに頷いた。
「確かに、赤い糸を辿っていけば、簡単に見付けられるからね」
「繋がってたらよかったのになー」
「なー」
「繋がってても見えねえよ!」
背後で突然怒鳴られ、二人の肩がびくっと跳ね上がる。
恐る恐る振り返ると、眉根を寄せて見下ろしてくる作兵衛がいた。手に持っている縄は迷子捕獲用だろう。
纏う雰囲気は険しく、彼の委員会の委員長である食満留三郎を彷彿とさせる。
とはいえ、それもいつものことであり、慣れている二人は片手を上げて軽い調子で挨拶をした。
「やあ、作兵衛」
「どうしたのさ?」
「決まってんだろ?あいつら探すの手伝ってくれ」
これまたいつもの科白なのだが、二人はいつものように首を縦に振らなかった。
「迷子探しの予習してないから無理」
「そんな予習する必要ねえだろ!」
「また途中で穴に落ちて、誰にも気付かれずに夜になったらどうしてくれるんだ」
「その節は本当に申し訳ございませんでした!」
土下座せんばかりの勢いで作兵衛は頭を下げた。
しかし、その時のことを思い出して拗ねた数馬は、頬を膨らませて顔を背けてしまった。
その頬が餅みたいで美味しそうに思えた藤内は、食べ過ぎかと思いつつも、まだ残っている大福に手を伸ばした。
「まあ、それは冗談だけど、俺達この後委員会だから、一人で頑張るか、孫兵でも頼りなよ」
まだ唇を尖らせている数馬の頭を撫でて宥めながら、藤内は適当な提案してみた。
それに作兵衛は苦い顔を見せる。
「孫兵はペットの毒虫が逃げたからって捜索してたんだよ」
「残念、管轄違いだったか。まあ、頑張れ左門と三之助担当」
「さっさと降りてえよ」
「でも、探しにいくんだろ?」
答えなど聞くまでもない。
数馬に大福を与えて自分は茶を啜ると、予想通りの答えが返ってきた。
「しょうがねーだろ!下手したら命に関わるんだから!」
じゃあ俺は行くからな、と言って走っていった作兵衛に、頑張れよ、と苦笑しながら声援を送ってやる。
その背が見えなくなった頃、大口開けて大福に噛りつこうとしていた数馬に声をかけた。
「数馬、機嫌直ったか?」
「うん、ありがとう」
そう言って笑った顔はいつもと変わらない。
本当に拗ねていたわけではなく、ちょっとした意趣返しのつもりだったのだろう。
「なんというか、三年生って捜索したりされたりばっかりだな」
「俺もよく穴に落ちた数馬を探すしな」
「いつもご迷惑おかけしてます」
「まあ、数馬担当は俺ってことで」
何度も穴に落ちる数馬に呆れはするが、探すことをやめようと思ったことはなかった。それは作兵衛と同じだ。
有体に言ってしまえば、腐れ縁なのだ。
皿の中の大福を見てみると、まだたくさん残っていて、二人では食べきれそうになかった。
「この大福、作兵衛達が帰ってきたら分けてあげようか」
「それはいいね。疲れた時には甘いものを摂るといいらしいから」
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