仲違い
「なるほど、そういう理由だったのか」
文次郎と仙蔵の冷戦が三日目に突入した日の朝、流石に異変に感付いた伊作と留三郎は、食堂で文次郎を捕まえて問い質した。
文次郎は予想していたのか、もしくは最初から相談するつもりだったのか、渋りもせずに淡々と原因となった時のことを語った。
話を聞き終えた伊作は一つ頷くと、
「それは文次郎が悪い」
「そのくらいわかってんだよ。だから、何度も謝ろうとしてんだけど」
「仙蔵は聞く耳持たないってわけか」
留三郎の言葉に文次郎が同意する。
あれから仙蔵はまるで文次郎を存在していないかのように扱い、謝ろうとしても避けられる。罵るのでもなければ、睨んでくることもない。本当に目もくれないのだ。ただ纏う雰囲気だけが妙に刺すよう鋭い。
宝禄火矢を投げられた方がまだましだ、と文次郎は独りごちた。
「それにしても、仙蔵がそこまで怒るなんて珍しい」
「よっぽど、その櫛を大切にしていたんだな」
「そんな櫛をうっかり壊してしまうなんて」
「ひどい奴だな」
「なんでお前らにそこまで責められないといけないんだ!」
「事実を言っただけだろうが!」
文次郎は弾かれたように立ち上がり怒声を上げた。
つられるようにして立ち上がった留三郎も文次郎を睨む。
今にも掴み掛からんばかりの勢いだが、食堂にいた忍たまや教師は一瞥しただけで、またあの二人かと特に気にする様子もなく箸を進めた。
「二人まで喧嘩してどうするんだ。一旦落ち着け、な?」
伊作が今にも殴り合いに発展しそうな文次郎と留三郎の間に入って宥める。
その言葉に熱が冷めた二人は、大人しく席に着いた。
「一応、僕の方から仙蔵を執り成してみるけど、あまり期待しないしないでくれよ」
「伊作でも無理か」
「今回はかなり難しいだろうね」
いつもの喧嘩であれば、仙蔵も文次郎も互いの不満を遠慮も容赦もなく言い合い、それでも気が済まなければ実力行使に及ぶ。それから、どちらともなく謝るか、誰かが(主に伊作が)仲裁に入ってようやく解決するのだ。
それもめったに起きることではないうえ、今回はいつもと勝手が違うために対処の仕方がわからない。
伊作は苦い顔で唸った。
「櫛は弁償した方がいいんじゃない?」
「もとよりそのつもりだが、そんな事で許してくれるような奴じゃないからな」
その言葉に伊作と留三郎は確かに、と頷いた。
下手をすると、買収でもするつもりか、と余計に機嫌を損ねそうだ。
それでも、そうしないと文次郎の気が収まらないだろう。
「まあ、今日は休みだし、買いに行ってみるが」
文次郎は空になった膳を持って立ち上がった。
「じゃあ、その間に僕達が仙蔵を宥めてみるよ」
「ああ、宜しく頼む」
「礼は用具の予算でいいぜ」
「却下だバカタレ」
にやつく留三郎の頭を小突き、文次郎は膳を返して食堂を出ていった。
その背中に、伊作が苦笑を向ける。
「文次郎も大変だな」
「しかし、いくら文次郎が悪いとはいえ、避けるなんて仙蔵らしくもない」
「そうなんだよ。こんなこと、一年のとき以来だ」
「そうだったか?」
覚えのない留三郎が目を丸くする。
昔のことだから、覚えてなくても仕方ないだろう。
伊作も朧気な記憶があるだけだ。先程の様子からするに、当事者である文次郎ですら忘れてしまっているようだ。
「一度だけね。理由もどう仲直りしたのかも忘れてしまったけど、あの時初めて仙蔵が恐いと思ったよ」
その時のことを思いだして身震いする伊作に、留三郎はお前が恐がってどうするんだと呆れた。
「まあ、前に一度あったんなら、今回も大丈夫だろ。なんだかんだであいつら仲良いし」
「そうだな。さて、おばちゃんに団子でも作ってもらって、仙蔵を宥めにいこうか」
「おいおい、お前が買収する気満々じゃねえか」
「だって恐いじゃないか」
まあなと留三郎は頷いた。