微睡み
どうしてこうなったのか。
肩にもたれたちさきの寝顔を見つめ、紡は何度目かのため息をついた。

守鏡で買い物を済ませた辺りからちさきの口数が減って、疲れたのだろうとは思った。だから、電車に乗ってすぐにうつらうつらしはじめたことは予想通りだったし、ちゃんと起こすから寝れば、と言ったのは自分だ。
だが、その言葉に甘えたのか、眠気に耐えられなくなったのか、眠りに落ちたちさきが寄りかかってくることまでは予想していなかった。

柔らかな髪と吐息が首筋をくすぐる。顔の近さが気になって仕方ないが、目を閉じると腕に触れた柔らかなものと甘い匂いを余計に意識してしまうので、窓の外を流れる夕景を眺めて気を逸らすしかなかった。それも無駄な足掻きでしかないが。

こちらの気など知らず、ちさきは気持ちよさそうに寝息を立てている。
どうして、こんなにも無防備なのか。

(信用されてるのか)

一緒に住むようになったばかりの頃にあった緊張は少しずつほどけていって、最近はそばにいると落ち着くことも多くなった。
ちさきもそうだというのなら、この悩ましい事態も悪いことではないのかもしれない。

(それか、そもそも男と思われてないだけか……)

最初からわかっていたことだが、その可能性を否定できないことに苦虫を噛む。
下手に気を張られても困るが、まったく意識されていないというのも考えものだ。

ふいに、んっと耳元で声がした。起きたのかと思ったが、少し身じろぎしただけで、また穏やかな寝息が続く。
紡はほっと安堵した。

隙間風が入り込んでくるのか、電車の中でも少し肌寒かったが、触れ合ったところだけはあたたかい。
はやく着いてほしい、起きてほしいと思うのに、同時に、もう少しだけこのまま、なんて矛盾したことを考えてしまうほど、寄りかかった熱と重みが心地よかった。

しかし、何事にも終わりはくるもので、車内に流れたアナウンスがもうすぐ鴛大師に到着することを告げた。

「ちさき、起きろ」

軽くちさきの肩を揺さぶると、閉ざされていた目蓋がゆっくりと開いた。視線がかち合って、青い瞳にぼんやりと見つめられる。かと思うと、ひゃっと声を上げて飛び退かれた。

「ご、ごめん、寄りかかっちゃって」

「気にしなくていい」

そう言っても、ちさきは恥じ入るように赤くなった顔を伏せ、「よだれとか、大丈夫だよね?」と口元を手で拭いながら尋ねてくる。安心させるために一応自分の肩を確認して頷くと、横に置いた鞄を引き寄せながらため息をついた。

その時、ちょうど電車が駅に着いた。
荷物を掴んで立ち上がった紡を追いかけるように、ちさきも席を立つ。
と、ちさきが「あれ?」と声を上げた。

「もしかして、私のせいで暑かった?」

「なんで?」

「なんか、顔が赤い気が……」

覗き込まれそうになって、紡は「気のせいだろ」と顔を背けた。不自然にならないよう開いた扉に向かうと、ちさきもそれ以上追及せず後をついてくる。
風の冷たさが熱の名残をより一層強く伝えてきて、紡は惜しむように肩の辺りを見つめた。すると、少し間を空けて、いつものようにちさきが隣に並ぶのだった。
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