甘い匂いが台所に満ちている。気になって紡が後ろから覗き込むと、ちさきがバットから取り出した茶色の塊を小さく切り分けていた。
「なにつくってるんだ?」
「生チョコ。ほら、明日バレンタインでしょ」
答えながら、ちさきは切り分けた生チョコレートにココアパウダーをまぶしていく。
「味見してみる?」
「ああ」
「はい、どうぞ」
頷くと、ちさきは一つ摘まみ上げて紡の口元まで持っていった。少々面食らいながらも開けた口に、チョコレートが滑り込まされる。途端に溶けて、口の中に甘さが広がった。
その時、かすかに唇に触れて離れていった指先がココアパウダーで彩られているのが目についた。目についてしまった。
紡はちさきの手首を掴んで引き寄せると、指先についたココアパウダーを舐めとった。ひゃっ、と声を上げ、ちさきの肩が跳ねる。
「ん、うまいよ」
手を離し、紡は満足げな顔をする。ちさきはわなわなと唇を震わせた。
「いきなりなにするの!?」
「ついてたから」
「だからって、こんなことしなくても……」
赤くなった顔を背けて、ちさきは唸った。拗ねてしまったらしく、唇が尖っている。けれど、ちらちらと上目遣いで窺ってくる瞳はどこか甘さを含んでいて、紡は目を細めた。
「ちさき」
引き寄せられるままに伸ばした手で顎を捉えてこちらを向かせる。覗き込んだ瞳は少し潤んでいた。
「キスしてもいいか?」
「……なんで訊くのよ」
「一応」
ちさきは小さくため息をついた。
「だめって言っても、結局するんでしょ?」
「うん」
顔を寄せると、仕方なさそうに目蓋が閉じられる。そうして、口の中で溶けるように広がったのは、やはり甘さだった。
若干長いのですが、千字以下なので小ネタということで。
深夜テンションの末、バレンタインにかこつけていちゃつかせたくなっただけです。