不本意なおせっかい
濡れたままユラを抱くNを連れ、安い旅のトレーナー向けの宿に入る。
あいにく人の多い時期らしく、ツイン1部屋しか空いてなかったが、他に泊まれる場所も思いつかなかったから諦めてその部屋をとった。
エレベーターで4階まで上がり、標示に従って見つけた部屋の前で止まる。カードキーで開けた部屋は値段通り狭く、飾り気のないベッドが2つ並んでいるだけだ。
オレは振り返り、なんともいえない顔をしたNの腕からユラを取り返した。

「とりあえず、お前は風呂でシャワーでも浴びてこい。服は下のコインランドリーで洗濯してきてやるから、この袋にでも入れとけ」

ユラの代わりよろしく、バッグの中で小さく折り畳まれていたビニール袋をNに押し付ける。
Nは思わずといったふうに受け取った袋に目線を下ろし、眉根を寄せた。

「いったい、なんのつもりだい?」

「不本意だが、おせっかい」

「キミが何を考えているのか、ボクには理解しかねるよ」

Nはさらに眉間に皺を刻んだ。そろそろ跡がつきそうだ。

「仕方ねえだろ、ユラがお前を助けたいって言ってんだから。じゃなきゃ、誰がお前なんか」

「キミにトモダチの声は聞こえないはずだったが」

「お前みたいな高性能な耳じゃなくても、流石にこのくらいわかるわ」

舐めんな、と軽くNの肩を小突く。それほど力は入れていないはずだが、Nは肩を押さえてオレを見下ろした。
その目が何を言いたいのかはわからない。それを汲み取れるほどオレはこいつのことを知らないし、そもそもこいつの思考はいつも斜め上をいく。
さっさと視線のみの会話を切り上げ、オレはNの背中を押した。

「なんでもいいから、とっとと風呂入れ。それとも、風邪ひく趣味でもあるのか?」

「あるはずないだろう」

「じゃあ、入れ」

まだ文句を言い募るNをバスルームに押し込め、オレは扉をぴしゃりと閉めた。
「いいの?」と言いたげに腕の中のユラがない首のかわりに身体全体を傾ける。それに「いいんだよ」と返して、オレはベッドの上にユラを下ろした。

人混みを歩くためにモンスターボールに戻した他の手持ちたちも外に出す。
と、さっそくグリがベッドで飛び跳ね始めた。ユラとリクが優しく窘めるが、それでもやめず、見かねたタージャにとっとと実力行使でベッドから叩き落とされた。床に転がったグリを見て、シーマがけらけらと笑う。
起き上がったグリは、タージャとシーマを見上げてかんしゃくを起こしたように喚いた。それをタージャは冷ややかに見下ろし、シーマは気にせず声を立てて笑い続ける。グリを気にしておろおろとするのは、大人しいユラとリクだけだ。
そうこうしてるうちに、背後のバスルームからシャワーの音が聞こえてきた。

そろそろ頃合いだろう。

ホテルに泊まるとよく見られる光景に、オレはぱんっと手を打って割って入った。

「こら、喧嘩はやめろ」

とりあえずは全員静かになって、オレに注意を向けた。

「これから下のコインランドリーに行くから、タージャとリクはついてきてくれ。ユラとシーマとグリはここで待ってろ。あっ、Nになんかされたら、問答無用でぶっ叩いていいからな」

意気揚々と声を上げて返事をするシーマとグリに、ユラが慌てて小さな手を振る。多分、叩いちゃだめとか、そんなことを言ってるんだろう。ユラは優しいから。
それに対して特にフォローはせずに、オレはバスルームに向かって声をかけた。

「入るぞ」

「ああ、構わないよ」

扉を開けて恐る恐る浴槽の方を見やると、カーテンがぴっちりと閉まっていた。
常識のなさそうなやつだからカーテンもせずに一面水浸しにしてるんじゃ、なんて心配をしていたが、流石にそこまで頭のネジは外れていないらしい。
洗面台の上には、いつもNがじゃらじゃらとつけているアクセサリーやモノクロのキャップが置かれている。その横に膨らんだビニール袋があった。中を見れば、適当に丸められたNの服が入っている。

「これから洗濯しにいってやるけど、オレがいない間に変な真似すんなよ」

「例えば、どんなことだい?」

「解放とか妙な思想の押し付けとか、お前が普段やってることだ」

「ふうん。では訊くけれど、それを変だと感じるキミの方こそが変だとは思わないのかい?」

シャワーの音が響く中、カーテン越しに投げられた問いは、真面目に受け取るには重くかたかった。
だから、

「郷に入っては郷に従えって言うだろ。オレがここの金もってるんだから、ここではオレが法律だ」

オレは避けた。
シャワー中の男と長々と会話するってシチュエーションも、なんか嫌だったし。

「じゃ、そういうことで」

浴室を出て、さっさと扉を閉じる。ちょっとでかい音がしたけれど、流石にこれで壊れるほどもろくはないだろ。

「タージャ、リク。いくぞ」

2匹が短く返事をする。
それを認めて、オレは財布とNの服だけを持って1階に向かった。
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