故郷を歩く
オレの家から右へ道なりに進んでいく。
途中ですれ違った町の人が、ポケモンを見るなり「よかったね」や「大切にしろよ」と声をかけてくれた。
その人たちや、点々と建つ家や畑の紹介をするだけで、ミジュマルとポカブは興味津々に瞳を輝かせた。
タージャだけはどうでもよさげな顔をしていたが、ちらと盗み見た時にリズミカルに尻尾を振っていたから、素直じゃないだけで楽しんでいるようだ。
舗装された道を外れ、雑木林に足を踏み入れようとしたところで、タージャが声を上げた。
「ジャ、ジャ」
「どうした、タージャ」
タージャは真昼に近い太陽の方を指差した。
最初は何が言いたいのかわからなかったが、しばらく考えて合点がいった。
「ああ、確かにあっちの崖からでも海がよく見えるけど、今から行くのはこっちの小さい岬」
「あたしたちの秘密の場所なんだよ!」
ベルの言葉に、ポカブが一際大きな反応を示した。チェレンの足元で、興奮したように足を踏み鳴らす。
「秘密」という単語に、男のロマンを刺激されたのかもしれない。
「ポカブ、はしゃぐのもいいけど、ちゃんと前を見ないと危ないよ」
「ポカッ!?」
チェレンが注意したそばから、ポカブは木の根に躓いた。顔から地面に突っ込んだポカブを、だから言っただろう、という顔でチェレンが助け起こす。
そんなポカブを見て、タージャが声を立てて笑った。
「ジャジャ」
「ポッカー!」
笑われたことに腹を立てたのか、ポカブは鼻から火の粉を噴きながらタージャを睨みつける。が、タージャはそんなこと気にも留めない様子で、それがさらにポカブを逆撫でたようだ。
「ポカッブー!」
ポカブが鼻から火の玉を発射する。それは勢いをつけてオレのフードに入っているタージャに向かっていった。
あっぶねえ!
とっさにしゃがんで、火の玉を避ける。一瞬、頭上が熱くなる。
恐る恐る振り返ると、後ろの木の真ん中辺りが抉れ、そこだけ黒焦げになっていた。
冷や汗が背筋を伝った。
「タジャ、ジャ」
「ポカポカ!」
これにはタージャも黙っていられなかったのか、地面に降りてポカブと言い争う。まさに一触即発の状態だ。
「ポカブ、落ち着くんだ!」
「タージャも喧嘩すんな!」
宥めようとしても、2匹は聞く耳を持たない。
今にもわざをだそうとする構えでにらみ合う。
そこに、何かが弧を描いて飛んできた。
それはポカブの頭に当たり、さらに跳ね返ってタージャの鼻先に当たった。
そのままブーメランのように元の方向へ帰っていったそれは、吸い込まれるようにミジュマルの手に収まった。ミジュマルの手に握られているそれは、腹についていたはずの黄色い二枚貝だ。
ミジュマルは慣れた手つきで貝を腹に戻した。
「ミジュ」
「……ポカ」
「……タジャ」
ミジュマルが叱るように鳴くと、渋々とだがポカブとタージャは頭を下げた。
お見事。
あまりにも鮮やかな手際に、思わず拍手を送る。
「ミーちゃん、すごいすごーい!」
ベルは手を叩いて飛び上がった。
なんだ、このデジャヴ。
と思ったら、
「きゃっ!」
案の定、ベルの足がもつれた。
前のめりになり、そのまま顔から地面に倒れていく身体を、腕を掴んで引き寄せる。
「ベル、お前もか」
「えへへ。ありがとう」
ベルは照れくさそうに自分の帽子をくしゃりと掴んだ。足元でミジュマルが胸を撫で下ろす。
ほんと、あぶなっかしいやつだな。
いつも歩いてるとこだってのに、どうしてこう飽きもせず何度も転ぶんだか。
「チェレン、ベル頼んだ」
「はいはい。ベル」
「うん」
チェレンが差し出した手を、ベルがとる。
これで少しはましだろう。チェレンはオレと違って、ベルの歩幅にあわせるのがうまいから。
「タージャ、行くぞ」
「ジャ」
声をかけると、タージャは再びオレのフードに入っていった。
チェレンがついてるから大丈夫だとは思うが、ポカブのこともあったし、一応もう1つ保険をかけておくか。
チェレンたちの前を進みながら、ベルがつまづきそうな石なんかを端に避けていく。
それに気付いたのか、ベルのミジュマルもやってきて、オレを手伝ってくれた。
「おっ、ありがとよ」
「ミジュ」
ミジュマルは身体の小ささを補うように、お腹の貝を器用に使って石や大きめの枝なんかを掃っていく。
ベルが旅をすることにオレも少し不安を感じていたが、こんなしっかりしたミジュマルがついているなら大丈夫そうだ。