遥か遠き白銀の
洞窟を抜けると、そこは雪国だった。

だいたいそんな感じではじまる小説があるが、今の状況はまさにそれだった。
ジョウト地方とカントー地方の間に聳えるシロガネ山。常に雪に閉ざされた霊峰。あまりにも危険なため、許可がなければ立ち入ることすらできない場所。

ジョウトとカントーのジムバッジをすべて集め、ようやく入山許可を貰って入ることができたが、頂に繋がる山中の洞窟を進むだけでも大変だった。
人の手が入らない洞窟は険しく、一歩間違えば怪我ではすまない。しかも、過酷な環境に育まれた野生のポケモンがうじゃうじゃいるときた。回復道具を買い込んでいなければ、途中で手持ちのポケモンが全滅していただろう。
そして、極めつけが洞窟を抜けた先に広がる吹雪吹き荒れる雪原だ。一歩先すらロクに見えず、殴りつけてくる雪は寒いを通り越して痛い。この暴風雪を抜けなければ山頂に辿り着けないことはわかっているが、あまりの寒さに心が折れそうだった。

「本当に、こんなところにいるのか?」

オレをこんなところに送り出したトキワのジムリーダーの言葉を、また疑いたくなった。


******


あれはトキワジムのジムリーダーに勝利し、ジムバッジを受け取った時のことだった。

トキワのジムリーダーは最強のジムリーダーを自称しており、トキワ以外のカントーのジムバッジをすべて手にしている相手でないと挑戦すら受けないほどだった。
それを聞いた時は自信過剰なやつだと呆れたが、実際に戦ってみてわかった。最強のジムリーダーの称号は伊達じゃない。あくまでジム戦用で本気のメンバーではないはずなのに、何度も追い込まれ、ぎりぎりとはいえ勝てたのが奇跡みたいな試合だった。

「イッシュのトレーナーもなかなかやるじゃねえか」

基本、ジムリーダーというのは勝利した挑戦者を讃えてくれるものだが、トキワのジムリーダー、アオイさんはすごく悔しげにジムバッジを手渡してきた。
大人げないというか、負けず嫌いというか。オレより少し年上なだけだから、それも仕方ないのかもしれないが。ジョウト地方コガネシティのジムリーダーみたいに挑戦者に負けた途端泣きわめくやつよりは面倒じゃないし、気にしないでおこう。

「どうも」

とはいえ疲労もあって、少しぶっきらぼうにバッジを受け取ってしまう。
それでも勝利の証を握ると、じわじわと勝ったという実感が湧いてきて、笑みが零れた。

その時、

「あああ!? もう終わっちゃたの!?」

背後で悲鳴が上がった。
振り返ると、白いハットを被った女が栗色の長い髪を振り乱して駆け寄ってきた。

「遅かったな。誰かさんに似て鈍臭くなったんじゃねえか、ハヅキ」

アオイさんが皮肉げに口角を上げる。
ハヅキと呼ばれた女はきっと眉を吊り上げ、掴みかかるかのような勢いでアオイさんに迫った。

「わたしもヒヅキも鈍臭くありません! アオイこそ、こんなにはやく負けるなんて、少し見ない間に弱くなったんじゃないの?」

「オレはいつだって強いに決まってるだろ。お前が太ったから、オニドリルのスピードが落ちたんじゃねえの?」

「全然太ってないわよ! だいたい、アオイはそうやっていつも慢心するから――」

売り言葉に買い言葉で、2人はオレを置いてけぼりにして口喧嘩をはじめた。
状況が飲み込めないが、もしかして、あれか。ヨーテリーも食わない類のやつか。随分と親しげだし、歳も同じくらいでお似合いだし。
なんにせよ、もう帰ってもいいかな。ジムバッジは貰ったから、あっちも用はないだろうし。
一応、声をかけてから帰るべきか悩みはじめたところで、ふいに静かになってハヅキさんが振り返った。

「あっ、ごめんなさい、変なところを見せて」

さっきまでヒートアップしていたのに、急にしおらしく謝られてびびる。
切り替えはやいな、この人。

「わたしはアオイの幼馴染のハヅキって言います。イッシュの人が挑戦にきたって聞いて、ジム戦を観戦させてもらいに来たんだけど……」

間に合わなかったと。
それにしても、邪推したような関係ではないのか。

「もし時間があるなら、イッシュのポケモンだけでも見せてくれないかな?」

「べつにいいですけど、イッシュのトレーナーってそんなに珍しいですか?」

ホウエン地方やジョウト地方でもよく驚かれたが、イッシュ地方には仕事や観光で世界中から人が訪れるから、イッシュのトレーナーというだけでここまで珍しがられるのが不思議だった。クチバのジムリーダーもイッシュかその近く出身っぽかったのに。

「うん。あなた以外だと、アララギっていう博士にしか会ったことないもん。アオイもそうでしょ?」

「そうだな。ジムリーダーになって結構経つけど、イッシュからきた挑戦者なんて片手で足りるほどだ」

「あっ、そういえば、ヒヅキもこの前はじめてイッシュの人に会ったって言ってたね。黒いドラゴンポケモンを連れてたらしいけど、その子もイッシュのポケモンだったのかな?」

どう? と話を振られたが、なにも答えられなかった。
わからなかったからじゃない。黒いドラゴンポケモンと聞いて、真っ先に思い浮かんだイッシュのポケモンはいる。だが、それは伝説と呼ばれるポケモンで、その辺のトレーナーが連れて歩けるようなものじゃない。選ばれた英雄のみが力を借りることのできる神のようなポケモンだ。
もし、そのポケモンを連れているトレーナーがいるとすれば、それは――

「……そのトレーナーって、どんなやつだったんですか?」

「結構若い人だったらしいよ。わたしたちと同じか、少し上くらいの男の人だったって 」

「そういや、ヒヅキのやつ変なこと言ってたよな。ポケモンと話せる人なんてはじめて見たとかなんとか」

「やっぱりあいつか!」

思わず大声で叫んでしまい、アオイさんとハヅキさんに驚かれた。明らかに困惑した視線を向けられ、少しきまり悪くなってくる。

「もしかして、知り合いなの?」

戸惑ったままのハヅキさんに尋ねられ、オレは頷いた。

「黒いドラゴンポケモンを連れたポケモンと話せるイッシュの人間があいつ以外にいないなら、確実に。そのトレーナー、今はどこにいるかわかりますか?」

「ごめんなさい、そこまでは聞いてないの」

ハヅキさんは申し訳なさそうに眉を下げた。

「その人のこと、探してるの?」

「探してるっていうか、礼を言いたいことがあるから旅のついでに会えないかと思ってるだけですけど」

本当のことを言っているだけのはずなのに、どうしてか言い訳くさくなる。自意識過剰だと思いたいが、ハヅキさんの顔が微笑ましいものに変わっていっている気がしてならない。
その隣で、アオイさんがなにか閃いた顔で指を鳴らした。

「そのトレーナーの行方が知りたいなら、ヒヅキに会いにいってみたらどうだ? あいつなら知ってるかもしれないぜ」

「ヒヅキ?」

オレは首を傾げた。
さっきから当然のようにでてくるが、まったく聞き覚えのない名前だ。口振りからして、この2人の友人みたいだが。

「そっか、イッシュのやつは知らないのか」

「ヒヅキはわたしの双子の弟なの。今はちょっと会うのが難しい場所にいるから、わたしが訊い」

「いや、こいつならシロガネ山の登山許可もでるだろうし、直接会いにいった方が楽だろ」

ハヅキさんのセリフを遮って、アオイさんが提案する。
そのこと自体はどうでもよかったが、シロガネ山という地名がでたことには驚いた。一応この時点でとても人が住めるような場所ではないことは知っていたからだ。
できれば行ってみたいとは思っていたから、ちょうどよくはあった。
だが、

「ヒヅキならシロガネ山の山頂にいるぜ。話は通しておくから、行ってこいよ」

アオイさんがなにか企んでいるような気がしてならないのが、どうしても引っかかった。
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