無色の旅路5話没シーン
「ミネズミ、“かみつく”!」
「タージャ、“つるのむち”!」
前歯をぎらつかせて迫りくるミネズミをタージャが蔓で横殴りに叩いた。それを受け止め、ミネズミはそのまま蔓に歯を立てる。タージャが小さく悲鳴を上げた。
なかなか根性のあるミネズミだ。だったら、
「縛って地面に叩きつけろ!」
タージャは痛みに耐えながら、噛みついてくるミネズミの身体を縛り上げると、そのまま身体を捻り、ミネズミごと蔓を振り上げた。蔓はしなり、地面に向かって振り下ろされようとする。ミネズミの身体が地面に叩きつけられる寸前、短パン小僧が叫んだ。
「“がまん”だ!」
重い音を立てて、ミネズミは顔から地面に叩きつけられた。地面がえぐられ、土と雑草が辺りに飛び散る。
それほどの衝撃だったというのに、ミネズミ自身はあまり堪えた様子もなく、それどころか噛む力を緩めることさえなかった。
意外と頑丈だな。
「もっと叩きつけてやれ!」
タージャは再びミネズミの身体を持ち上げ、地面に叩き下ろす。何度かそれを繰り返すと、ただ耐えているだけだったミネズミがかっと目を見開いた。身体に巻きつく蔓を振りほどき、それまで耐えていた分を返すかのようにタージャにぶつかっていった。タージャは声を上げ、大きくよろめいた。
いったい、どこにそんな力が残されてたんだ。
オレはがむしゃらに指示をだした。
「“グラスミキサー”!」
タージャはなんとか踏み止まり、ミネズミに草葉の旋風をぶつけた。
「負けるな!“いかりのまえば”だ!」
ミネズミは自身にまとわりつく草葉の旋風をものともせず、怒りを込めた歯でタージャに噛みつこうとする。させじと、タージャは“グラスミキサー”の威力を強めた。2匹の姿が葉に覆われる。そして、何かが倒れる音がした。
舞い散る葉の中、倒れたミネズミをタージャが見下ろしていた。
「勝った!」
気づいた時にはもう叫んでいた。
肩で息をするタージャが、振り返ってにっと口の端を持ち上げた。オレはその頭をかき撫でた。
「よくやったぞ、タージャ!」
トレーナー相手にポケモンバトルしたのは初めてだが、こんなに楽しいものだったのか。
あまりポケモンバトルに興味はなかったが、これははまるかもしれない。
「あーあ、もうちょっとだったのに。きみ、強すぎるぞ!」
「お前もなかなかやるじゃねえか」
「でも、負けは負け。野生のポケモンと勝負して鍛えて……と、その前にポケモンセンターでポケモンを元気にしなきゃ」
短パン小僧はミネズミをボールに戻すと、じゃあねと言ってカラクサ方面へ――おそらくカラクサタウンのポケモンセンターへ――と走り去って行った。
と、思ったら途中で引き返してきた。
「そうだ。せっかくいい勝負してくれたから、きみにいいこと教えてあげるよ」
「なんだ?」
「へへっ、それは見てのお楽しみ。ついてきて」
断る理由もなかったから、オレは短パン小僧の後ろをついていくことにした。
リクを呼ぼうと後ろを振り返る。地面に伏せていたリクはタージャに蔓で背中を小突かれ、慌てて追いかけてきた。
短パン小僧に案内されるまま、サンヨウ方面へと進んでいくと、少ししてわかれ道に行き当たった。
片方はそのまままっすぐ伸びており、もう片方は右に曲がってカラクサ方面へと伸びている。
変だな。カラクサからここにくるまで一本道だったはずなんだが。
引っ掛かりを覚えながらも、短パン小僧の後を追ってその道に入る。
しばらく直進すると、小さな崖に行き着いた。
平屋くらいの高さだ。落ちてもけがですみそうだが、飛び降りろと言われたら少し躊躇う。
土がむき出しの斜面には、雑草がまだらに生えていた。それに見覚えがあるような気がして、ちょっと首を動かすと、すぐ近くにゲートが見えた。
ああそうだ。カラクサをでて、すぐに見たんだ。よじ登れたら近道出来そうだと考えたから、よく覚えている。結局、面倒だったからやらなかったが。
「行き止まりだけど、どうすんだ?」
「まあまあ、よく見てなよ。ここからこうやってっ!」
腕を振って勢いをつけ、短パン小僧は崖から飛び降りた。
軽い音を立てて着地すると、くるりと振り返った短パン小僧は誇らしげにに胸をそらした。
「飛び降りるとカラクサタウンへの近道になるんだよ。すごいだろ!」
「……それだけ?」
「それだけって、便利だろ?」
便利と言えば便利だが、そんなに自慢することだろうか。
地元の人間なら誰もが知ってる近道といったレベルだ。
コメントに困っていると、短パン小僧は何かに気づいたようにあっと声を上げた。
「さては、きみ、飛び降りるのが怖いんだろ?大丈夫だって。最初は怖いかもしれないけど、やってみると大したことじゃないから」
見当はずれの物言いに、少しいらっときた。
カノコじゃ怖いものなしで通ってきたオレが、こんな崖程度でびびるわけねえだろ。我が家の2階から何回飛び降りたと思ってんだ。
だが、それくらいでキレるほど、オレは短気じゃない。
「じゃ、オレはサンヨウシティに行くから」
「ええっ!?そこはちょっとキレながら飛び降りるとこでしょ!なに背中向けてるの!?」
「飛び降りたら、また数時間歩くはめになるからな」
「きみ、ノリ悪いぞ!」
背中にぶつけられる不満を無視し、オレは先を急いだ。