試すは知識
「たいしたもんだよ、アンタ。惚れちゃうじゃないか!」

気持ちのよい笑顔を浮かべて、アロエさんはミルホッグをボールに戻した。
タージャが得意げに顎をそらして鼻を鳴らす。その姿を見て、ようやく勝ったのだという実感が湧いてきた。

「タージャ、やったな!」

オレはタージャのところまで走っていって、おつかれさんと肩を叩いた。ツタージャの時より肩幅が狭くなって、叩きにくい。
タージャは肩に置いたオレの手を蔓で軽く何度も叩いた。はじめのうちは一緒に勝利を喜んでいるものだと思ったが、素肌に触れる冷たさに、凍った蔓を解凍しようとしているだけだと気付いた。

「お前な……」

「ジャ」

しれっとした顔でタージャはオレの手に蔓を押しつける。進化しても性根は変わらねえんだな。まあ、いいや。頑張ってくれたから、すげえ冷たいけど解凍くらいは手伝ってやろう。

そうして凍った部分を握っていると、快活な声がした。

「まさか進化してピンチを切り抜けるとはね。ウットリするほどの得も言われぬ戦いっぷりだったよ!」

いつの間にか、アロエさんがオレたちのすぐそばまできていた。立ち上がり、アロエさんに向き直る。
アロエさんはにっと口角を上げた。

「バトル中に進化することはまれにあるけど、アンタ、わかっててやったんじゃないかい?」

「いや、正直賭けでした」

オレは見栄でもはろうとしたけどやめて、正直に白状した。
正々堂々戦った相手に嘘を吐くのはどうかと思うし、なによりタージャに白い目で見られることが容易に想像できたからだ。

「タージャがそろそろ進化することはわかってましたけど、ジムにきた時はそんな虫のいい話なんて考えてませんでした。でも、ここの図書館でツタージャが光合成することを知って、思ったんです。光合成でつくられるエネルギーは、進化にも使われるんじゃないか。もしそうなら、太陽光を浴びることで進化を促すことができるんじゃないかって」

本当にただの思いつきで、賭けだった。
光合成で進化が促進されるなんてことは仮説にすぎになかったし、それを証明できたとしても、タージャが進化するために充分な太陽光を得られる保証はどこにもなかった。進化する前にやられてた可能性もあったしな。

「どんなに知識があっても、いざという時に使えなければ宝の持ち腐れだ。だが、アンタは得た知識から考え、活路を見出した。まさに、このベーシックバッジを受け取るに相応しいポケモントレーナーだよ」

アロエさんはポケットから紫色に輝く長方形のバッジを取り出した。
これが、シッポウジムのジムリーダーに勝った証。オレたちにとって、2つ目のバッジだ。

「ありがとうございます」

オレはベーシックバッジを受け取り、まずタージャに見せた。タージャは満足げに頷いた。それから、シーマにも見せようとしてボールを取り出したが、中で気持ちよさそうに寝ているのが見えてやめた。
疲れてるみたいだし、ゆっくり休んでもらってからにしよう。ポケモンセンターで回復してもらってから、リクとグリも出してみんなで勝利を祝うのもいいだろう。

バッグからバッジケースを取り出して、トライバッジの隣にベーシックバッジを収める。このケースは先日Nとかいう奇怪なやつに絡まれたあと、急いで買ったものだ。
今更かもしれないが、妙な因縁をつけられるのは嫌だからな。ケースにしまって表からは見えなくしてしまえば、少しはその要因も減るだろう。なんでポケモンと一緒に頑張った証を隠さなければならないのかという苛立ちもあるが、Nだのプラズマ団だの、今のイッシュには変なやつが多いらしいからな。自衛するにこしたことはない。

名残惜しさもあったが、バッジケースをとじ、バッグにしまう。
その時、

「ママー!」

慌ただしい足音を立てて、誰かが階段を駆け降りてきた。よく見れば、キダチさんだ。
キダチさんはアロエさんに駆け寄り、今にも噛みそうになりながら言った。

「ママ! 大変、大変だよ! プラズマ団という連中が骨をいただく! って」

またあいつらか。ポケモン泥棒の次は骨泥棒かよ。

アロエさんの目が剣呑に細められた。

「なんだって! どういうことだい!? ミスミ、アンタもおいで!」

アロエさんが急いで階段を駆け上がっていく。
オレもタージャをボールに戻し、アロエさんの後をついていった。


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