最初の1歩
ポケモンの起源を研究しているというアララギ博士の研究所は、カノコタウン一大きな建物だ。庭も広く、たくさんのポケモン達が思い思いに遊んでいる。あのポケモン達は博士が研究のために育てているらしい。
「さ、博士に会おう」
チェレンが先導して、研究所の扉を開いた。
なにやら難しそうな機械が立ち並ぶ研究所は、いつ来ても別世界だ。
その中に立っていた女性がヒールを鳴らして振り返った。
「ハーイ! 待ってたわよ、ヤングガールにヤングボーイ! 改めて自己紹介するわね。私の名前は」
「アララギ博士? 名前は知ってますよ」
「もう! チェレンったら、ちょっとクールすぎじゃない? 今日は記念となる日でしょ。かしこまったほうがいいじゃない」
そういう問題だろうか。
うろんな目を向けるオレとチェレンを気にすることなく、アララギ博士は続けた。
「では改めて……、私の名前はアララギ! ポケモンという種族がいつ誕生したのか、その起源を調べています」
「存じております」
「もう! ミスミまでそういうこと言って!」
いや、だってカノコタウンの住人ならそのくらい誰だって知ってるし。
チェレンが咳払いをした。
「それはともかく、僕達にポケモンを授けてくださったこと、本当に感謝しています。おかげで、念願のポケモントレーナーになれました」
オレとベルもチェレンに続いてお礼を言う。
アララギ博士はポケモン達を見回し、にこっと笑った。
「うん。この子達、もう君達を信頼し始めてるみたい」
そうなんだろうか。
振り返ってフードの中のタージャに視線を合わせる。タージャはとんとんと軽くオレの頭を小突いた。
なんて言ってるかはわからないが、信頼してるぞと言われた気がした。
「さて、君達にポケモンをあげた理由だけど」
ポケモンをあげた理由?
旅立ちの餞別って言ってなかったか?
アララギ博士は机の上に置かれていた小さな機械を手に取った。携帯端末に見えるが、なんだろう。
「それ、ポケモン図鑑ですよね」
「流石チェレン! よく勉強してるわね!」
当然のことのように答えたチェレンとは対照的に、オレとベルは何が何やらわからず頭上に?を飛ばしていた。
アララギ博士はポケモン図鑑とやらをオレ達に突き付けた。
「改めて説明するけど、このポケモン図鑑はね、君達が出会ったポケモンを自動的に記録していくハイテクな機械なの! で、君達にはイッシュ地方全てのポケモンに出会って、ポケモン図鑑を完成させてほしいの!ミスミ、チェレン、ベル。やってくれるわね?」
「はあーい。じゃなくて、はい!」
「はい」
ベルとチェレンが即答した。2人はこういうところが真面目だ。
だが、あいにくオレは不真面目で、悪戯心が湧いてきた。
「嫌ですって言ったら?」
「私が聞きたいのは世界を切り開く勇気ある言葉だけよ!」
拒否権はないのか。
まあ、本当に全てのポケモンに会えるかどうかはともかく、ポケモン図鑑を埋めていくというのも楽しそうだ。旅のついでに出来ることだし、断る理由はない。
オレは博士の手からポケモン図鑑を取った。
「じゃ、ありがたく貰っときます」
「もう、可愛くないわね」
博士に小突かれた。
オレは男だから、可愛くなくて結構だ。
アララギ博士はチェレンとベルにも図鑑を渡した。
「今から、あなただけの旅物語が始まります。この旅であなたは数多くのポケモン、色んな考えの人と出会い、触れ合うでしょう! その様々な出会いから、あなただけの大切なものをぜひ見つけてほしい」
こつこつとヒールを踏み鳴らし、アララギ博士はオレ達の横を通りすぎた。目で博士を追う。博士はおもむろに扉を開けた。
その先には道が続いていた。吹き込む風が髪を揺らす。
「さあ、いってらっしゃい! 素晴らしき冒険の世界へ!」
春の光に照らされた博士は、子供を導く大人の顔をしていた。
「アララギ博士……」
そのくさいセリフ、芝居がかった口調。
「前もって練習してましたね」
直後、鈍い音が響いた。