対極をなす境界人
道を塞ぐ青い石を押し退けながら、洞穴の奥へと進んでいく。
途中、道が細くなったから、ポケモンはグリ以外ボールに戻した。グリはもともと地下水脈の穴に棲んでいたからな。多少勝手が違うとはいえ、こういう洞穴では一番頼りになる。野生のポケモンを見かけると、好戦的になるのは困り者だが。

結構進んだような気がするが、まだプラズマ団とは遭遇していない。できれば、このまま何事もなく電気石の洞穴を抜けられればいいんだが、そうはいかねえんだろうな。

げんなりしつつ、なにがあっても最悪の事態にはならないだろうとは頭の片隅で考えていた。
Nはポケモンを傷付けるようなことはしない。意味不明なやつではあるが、そこだけは唯一信用できる。
今までプラズマ団が起こした事件と違ってNの目があるし、今回の目的はあくまでオレを試すことみたいだし、プラズマ団もそんなに酷いことはしないんじゃないだろうか。
アララギ博士の楽観視がうつってしまったのかもしれないが、そうじゃなきゃ、強引にでもアララギ博士とベルを外に連れ出していた。

そんなことをつらつら考え、たまに迷ったりしながらも、人の手で整備されたらしい下り階段を見つけた時だった。
突然、目の前にまた黒い服を着た白髪の男が現れた。
上げそうになった悲鳴をなんとか呑み込む。この野郎、ダークトリニティだかなんだか知らねえけど、びびらせんじゃねえよ。

「……来い」

ダークトリニティと呼ばれていた男のうちの一人が目で階段の方を示して歩き出す。
やる? とばかりに鋭い爪を打ち鳴らしたグリを止めて、オレは大人しく男についていった。
すぐに階段の目の前に辿り着き、男が足を止める。オレとグリも立ち止まると、男は肩越しに振り返り、下り階段の先を指差した。

「……この先でプラズマ団がお前を待ち構えている」

そこでオレを試すってことか。わざわざご苦労なことで。

「少なくとも、この洞穴内ではオレ以外のやつにはなにもしないんだろうな?」

「お前が変な気を起こさなければな」

「そっちがなにもしなけりゃな」

なにもなければ、こっちは関わる気ゼロなんだよ。

とりあえず、言質はとった。
なにをしてくるかは知らねえが、いざとなったらグリの“あなをほる”で逃げればいいし、なんとかなるだろ。
そう前向きに考えねえと、やってられねえ。

ため息を吐いて、オレはグリと一緒に階段を下りた。


******


「オマエ、誰かに操られてここに来ただろう。オレに勝てたらその秘密教えてやるよ」

「チェッ! まさか負けてしまうとはな……」

「我らの王様をサポートする七賢人のゲーチス様。ゲーチス様には3人の部下がいるのだ、その名もダークトリニティ!」


「オレが勝てばお前のポケモンを解き放て!」

「プラーズマー! 無念……だ!」

「……何故だ? お前のポケモンは、お前の隣で嬉しそうだな」


「この電気石の洞穴で暮らすポケモンは美しいわ。だって人から自由だもの」

「いやーん! じゃなくて、プラーズマー!」

「あなたたち普通のトレーナーがポケモンを使うのは悪いこと。わたしたちプラズマ団がポケモンを使うのはいいこと!」


「あなたね、Nさまが気にしているトレーナーって!」

「あなたなんてそこらのトレーナーと同じじゃないの?」

「Nさまはポケモンとともに育ちになったお方……。誰よりもポケモンのことをお考えになっているの!」


「誇り高きプラズマ団の一員であるわたしが相手だ」

「誇り高きプラズマ団の一員であるわたしが……」

「おまえは なんのために戦う? いや、なんのために生きる?」


「プラズマ団の願いは! ってあなたには関係ないわね」

「ちょっと! なんなの! 強すぎるのよ! ぷんぷん!」

「プラズマ団の願いは! 王様がすべての上に立ちポケモンを解き放つこと! あなた! ポケモンを逃がしてトレーナーをやめなさいよ!」


「ポケモンを使うトレーナー、お前の強さ、見せてみろ!」

「……なるほど、よくポケモンを使いやがる」

「人がポケモンを使うことで強い弱いの競争が生まれてしまう……。それでいいのか? ポケモンはトレーナーの道具か?」


試す、というのは間違いではなかった。
プラズマ団の下っ端が7人、1人ずつ順番に挑んでくるだけ。だしてくるポケモンの数もたいして多くはなく、やたらと思想の強い言葉を投げつけられること以外はその辺のトレーナーにポケモンバトルを挑まれる時と変わらない。
本当にただトレーナーとしての実力を試されただけだった。

連戦は面倒だったが、とくに苦戦することなく全員倒してポケモンたちを回復させる。
これならジム戦の方がきついくらいだ。正直、かなり警戒していたから拍子抜けした。なにごともなくてなによりだが、無駄に疲れさせられた気がする。ほんと、なんでオレがこんなことしなくちゃいけないんだよ。

グリ以外のポケモンをまたボールに戻して、適当な岩に腰かける。
ちょっとぴりぴりするが、このくらいの刺激なら許容範囲内だ。どうせ、この洞穴の中はどこもそんな感じだし。

バッグから取り出したサイコソーダを呷ってため息を吐く。
すると、グリがぽんぽんと軽く頭を叩いてきた。

「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだ。お前は?」

「リュウリュウ!」

尋ねると、グリはぶんぶんと両腕を振り回した。
まだまだ元気そうだな。

「グリはほんとに疲れ知らずだな。じゃあ、しばらく見張りをしててくれ。少し休憩したら、また先に進むから」

「リュウズ!」

グリは意気揚々と頷いた。爪を鳴らしながら、きょろきょろと辺りを見回しはじめる。妙な楽しげな様子につられて、こっちまで笑みが漏れた。

周囲への警戒はグリに任せて、ぼんやりと高い天井を見上げる。
青い光に満ちた広い虚空には白い魚ポケモンが悠々と泳いでいた。入り口の辺りで見かけたポケモンだ。図鑑で確認したところ、シビシラスというポケモンらしい。最初に見た時は気付かなかったが、よく見ると身体の中心辺りがパチパチと光っている。みずタイプっぽい見た目だが、もしかしてでんきタイプなんだろうか。

なんとなくシビシラスの群れを目で追っていくと、岩陰にも小さなポケモンが隠れているらしく、ちらちらと黄色いものが動いているのが見えた。
あれはどんなポケモンだろうか。
気になったが、今はまだ確認しにいく元気がなくて眺めるだけに留めた。

青く光る石が浮かぶ神秘的な洞穴。
はじめて見るポケモン。
見れば見るほど、心踊る場所だ。こんな状況じゃなけりゃ、もっとゆっくり探索できたんだけどな。

それから、どのくらい経ったろうか。
ふいにグリが元来た道の方を見やったかと思うと、聞き馴染んだ声が辺りに響いた。

「ハーイ! なにかみつかった?」

「アララギ博士」

グリの視線を追うと、アララギ博士とベルがやってきた。
2人とも変わったところはとくにない。プラズマ団は本当になにもしなかったようだ。

「プラズマ団の方は多分もう大丈夫です。そっちは?」

「こっちは、おおよそのデータを集め終えたところかな」

一仕事終えた顔でアララギ博士は手に持った端末を振った。

「この洞穴は遥か昔からあるんだけど、ギアルが存在したと証明できるデータは100年より昔からは発見できないの。そう! ギアルは100年前に突然発生した……そういうことになるの!」

どこか興奮した様子で、アララギ博士は語る。
それはオレにとっても興味深いことで、疲れきっていた心がつられるように高揚した。

「じゃあ、100年前に突然発生するようななにかがあったんですか?」

「でしょうね。それがなにかはまだ調査中だけど、恐らくは自然災害による環境の変化……いえ、この辺り一帯の工業化の影響を受けた可能性もあるわね」

突然、新しいポケモンが発生することもあるのか。
なにがあったらそんなことになるのか、想像もつかない。生まれた時から母さんのタブンネのももをはじめ、たくさんのポケモンに囲まれて育って、今もポケモンと一緒に旅をしているけれど、オレが知ってることなんて実は爪の先くらいしかないんじゃないかという気がしてきた。

「なんか、すげえな」

「ねえ! ポケモンって不思議だよね!」

思わず漏れた呟きに、ベルが食い気味に賛同してくる。その瞳はらんらんと輝いていて、すごく楽しそうだった。

「どうしてこんなにすごい子たちが、あたしたちと一緒にいてくれるのかな?」

「それも研究していけば、いつかわかる日がくるはずよ」

「本当ですか!」

「ええ。ポケモンは遥か昔から人間とともに生きてきたんだもの。時には助け合うパートナーとして、時には信仰の対象として」

各地の遺跡から人間とポケモンがともに暮らしていた痕跡や記録が発見されていること、人間と暮らしていくなかで生態が変化したポケモンもいることを簡単にだが博士は教えてくれた。
それは聴いているだけでわくわくするような話だった。

「博士も、なんでポケモンが人間と一緒にいるのかを知りたくて研究してるんですか?」

「それもあるけど、私はポケモンともっと仲良くなりたいのよ」

「仲良く?」

「ポケモンたちがどこから来たのか、そしてどこへ向かうのか……。それを知ることができれば、私たちはもっと親しくなれる。私はそう信じているのよね!」

博士は自信に満ち溢れた顔で断言した。
口には出さないが、ちょっと格好いい。

「いいなあ」

ふと、耳に届いた呟きに、うっかり心の声が漏れたのかと思ったが、よく考えたら聞こえた声はオレのものよりずっと高かった。
ちら、とベルの方を見やる。予想通り、ベルはきらきらした瞳でアララギ博士を見上げていた。

昔、オレとベルとチェレンの3人でアララギ博士の研究所にポケモンの話を聴きにいった時のことを思い出す。
あの頃、オレとベルも興味深く博士の話を聴いていたが、一番食いついていたのはチェレンだった。だから、あの頃のオレは将来チェレンはポケモン博士になるんだと――実はチャンピオンを目指していたことを知らないのもあって――思っていた。
けど、今この場にチェレンがいたとしても、一番熱心に博士の話に耳を傾けるのはベルかもしれない。

だからって、ベルがポケモン博士になりたいと思っているかどうかはわからないし、ベルのやりたいこと探しを急かしたくないから訊かないが。
けど、最近のベルは諦めたような顔をすることが多かったから、久しぶりに純粋に楽しそうな笑顔が見られて口元が緩んだ。
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