01


「…っと。桜」
季節は春。ふわりと目の前を通った桜の花弁を見て庄左ヱ門は微笑んだ。そして自身の袖についた花弁を手に取り、少し冷たい風に乗せた。もうこんな季節になったのか、と改めて思う。かつては憧れたこの制服であったが、こんなにも早く自分が着ることになるとは。
「違和感あるな。まだ」
緑の花ってないよね――
誰かがそんなことを言っていた。誰だっただろうか。は組の誰かだとは思うのだけど。そんな事を考えながらも足は止まらない。着々と目的地へと近付いていった。そして、見慣れた戸の前に立つと無意識に背筋が伸びる。この五年間で恐らく自分が一番ここへ通っただろうと思う。
は組の中で、自分が一番最初に、この真新しい制服を着た姿を見てもらえるのだと思うと、ほんの少しだけ胸が躍った。それを顔に出さないようにしようと、一度深呼吸をしてから戸に手をかけた。
「失礼します」





「おっはよー…ってまだ伊助だけ?庄左ヱ門はー?」
「おはよう乱太郎。今土井先生と山田先生のところだよ」
「まじかよー急いだ意味ねーじゃん。つか今日珍しいよな。全員教室集合って」
「きり丸…窓から入ってくるのはいいけど、埃も一緒に持ってこないでよね」
「伊助ったらおかーちゃーん」
新学期になり、新しくなった教室には続々と生徒達が集まっていた。もちろんそれは六年は組も例外ではなく。
「庄左ヱ門も大変だねぇ。さすが学級委員…」
「五年もやると慣れるって、こないだ言ってたよ」
「乱太郎だってついに保健委員長じゃん」
最後の台詞は教室内で発せられたものではなかった。乱太郎、きり丸、伊助の三人が周囲を見回すと、小さな笑い声と共に天井の一部が空く。
「いようっ」
「久しぶり」
ひょっこりと二つの頭が出てくる。その顔はしてやったりとばかりににやけていて。
「団蔵!虎若!」
「んだよ。なーんか変だと思ったぜ」
「ちょっと、下りてくる前に埃はらってよね」
「いやあ。いつ気付くかなーって思ったんだけどさ」
ひらりと教室へとジャンプしながら団蔵が言う。それに虎若もすぐに続いた。
「しかしな。乱太郎はやっぱり保健委員長だったな」
「ちょっと虎若やっぱりって何?」
ふてくされる乱太郎を見て一同がどっと笑い声を上げる。
「楽しそうだねぇ〜」
「だね〜」
ふと入口から聞こえた声に、一斉にその方向を向くと、そこにはにこにこ笑う二人が。
「やっほ〜」
「久しぶり〜」
「しんべヱに喜三太。一緒に来たの?」
「うん。休み中に立花仙蔵先輩に会ってきたんだよ」
「そうそう。元気だったよ〜」
「そ、そうなんだ…」
「お気の毒に…」
乱太郎と伊助が顔を見合わせて言う。トラウマになっていそうなものだが、それでも何だかんだで二人を可愛がっていた先輩だ。
「あとは?」
「金吾と兵太夫と三治郎かな」
「嫌な予感しかしねえ」
「言わないできりちゃん…」
顎に手をやりつつ言うきり丸に、乱太郎が声をかける。相変わらずだと周囲も笑う、と、どこからともなく声が聞こえてきて。
「その予感」
「現実にしてあげようか?」
その言葉が聞こえるや否や、乱太郎の足元の畳に大穴。
「へっ…ええええええぇぇぇぇぇ…」
乱太郎の悲鳴はやがて聞こえなくなり、残ったのは静寂であった。
「三治郎、どこまで掘ったのさ」
「うーん、綾部先輩が卒業記念で残してった穴を使ったから、どこまでかはわかんないやー」
「兵太夫…三治郎…」
「つかどこにいんだ?」
きり丸の問いに、二人分の笑い声が返ってきた。
「どこでしょう」
「どこでしょう」
声は聞こえているが、どうも方向がわからない。一同が顔を見合わせていると、廊下から新たな足音がして。
「あっ、金吾〜」
「どうした」
刀を手に持ち、入ってくるなり金吾は喜三太にそう問うた。性格もあってか物言いが率直なのだ。
「かくかく」
「しかじか〜」
しんべヱと喜三太が笑顔で説明すると、金吾はふん、と小さく鼻を鳴らして。
「下がってろ」
「はーい」
「ってちょっと金吾何する――」
伊助が言い終わる間もなく、金吾の刀は黒板の横の木製の壁を貫いていた。息を吐くだけの小さな気合と共に刺した刀をそのまま思い切り下へ。
「あーあーあー」
伊助の悲鳴も空しく壁は綺麗に裂けて。
「中に竹筒だ。これで解っただろう」
「成程…木製のところだったか壁も薄いから」
「ああ。竹筒を通してしゃべってたわけだ。ってーことは」
団蔵と虎若が互いに目を合わせて笑い、拳を握った。
「一人目は――」
「ここだあ!!」
そして二人がそれぞれ握った拳は床を貫くこととなり。
「わああああっぶないなーもう」
「三治郎みっけ〜」
「ってえことは、もう一人は…」
今度はきり丸がにやりと笑って、その手に苦無を握る。
「この辺かあ?!」
そして投げられたその苦無は教室の後ろ側の壁に刺さる。
「野蛮だなあ。やめてよ」
くるり、と壁が回転し、楽しげな笑みを浮かべながら兵太夫が出てくる。
「二人ともいつの間に教室改造したの〜?」
「休み中にね」
「うん。一通りは仕掛けたよ」
「竹筒を埋め込むって…しかも教室の周囲に…大がかりすぎだろ…」
「ああ、もう教室めちゃくちゃ…」
伊助の呟きは他のメンバーの耳には入っていないようで、一同は久々の再会を楽しむように笑い合っていた。
「おはよう。皆いるー?…って、またどうしてこんなことに」
「あ、庄ちゃ〜ん」
こんなことに、と言いつつもそこまで驚いている様子もなく、庄左ヱ門は苦笑して。
「用具委員。後で頼むよ」
「はーい」
「まっかせて〜」
やれやれといった様子で周囲を見回す。まあいつものは組の風景だ。ただ一つ変わったことといえば、制服の色位で、あとは一年生の頃からまったく変わっていない。ふと床に開く大穴に気付き、その苦笑を大きくする。
「ところでさ…乱太郎は?」
変わってないな、本当に――


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