きっとそれは日常1



   



虫の声で我に返った。窓から外を見ると、日はとうに沈んでいたようだ。図書当番を二年い組の能勢久作と交代し、ついでだからと本を読んでいたのだが、思いの外集中してしまった。
「久作。後よろしくね」
「あ、不破先輩。本読み終わったんですか?」
「うん。随分と集中しちゃったみたいだ」
「ですね。声かけられなかったですもん」
会話をしながらも久作は手際良く貸出カードを整理している。出来た後輩だな、と素直に感心する。
「それじゃあね」
「お疲れ様です」
図書館を出ると大きく伸びをする。今日の夕飯は何にしようか。もし五年い組の久々知兵助と被りでもしたらそれこそ豆腐づくしになるのだろうが。
「うーん…肉でいこうか魚か…迷うなぁ」
着くまでに決められるだろうか。多分無理だろう。
「雷蔵!」
悶々と考えながら廊下を歩いていると、頭上から声がした。上級生になるにつれて、普通に声をかけられることのほうが少なくなった気がする。
「八左ヱ門」
「おう。やっと図書当番終わりか?」
答えながら天井より飛び下りてきたのは五年ろ組のクラスメイト、竹谷八左ヱ門であった。
「うん。つい本を読んでしまってね」
「雷蔵らしいな。今から夕飯か?」
「そう。八左ヱ門も?」
「おうよ。行こうぜ」
連れ立って歩き出す。そういえば、と口火を切ったのは雷蔵であった。
「八左ヱ門は昨日から野外演習だったんだよね」
「だぜ。今帰ってきたんだ。さすがに疲れたわ。まあペアが三郎じゃなかったらもっと疲れたかも解らんけどな」
「密書を届ける演習でしょ?敵陣突っ切ってひたすら逃げてくやつ」
「それそれ。下手に戦ったら減点だしな。きついぜ」
「しかも本物の密書だもんねえ。楽じゃないよね」
「だよな。雷蔵は野外演習いつだっけか?」
「僕は明日。護衛任務なんだ。護衛対象とは明日合流ってことになってるよ。どうも素性を公にはしたくないみたいだから、名前だの何だのは全く知らされてないな」
「へえ。どうせどっかの城の〜とかだろうな。一人か?」
「うん、一人。気が重いよ…変装とかするべきなのかなぁ。常の姿で大丈夫かな…」
「今迷ってどーすんだ。ま、とりあえず今日は飯食ってとっとと寝ようぜ」
「そ、そうだね…あれ、そういえば三郎は?」
「ああ、なんか先生に呼ばれてた。まあすぐ来るだろ」
話しているうちに食堂に着いていた。夕飯には遅い時間であるが、ちらほらと生徒の姿がある。自主練等していたのだろうか。
「お、い組コンビ」
肉か魚か、結局決め切れず迷っていると、隣で八左ヱ門が声を上げた。
「八左ヱ門に雷蔵」
「今から?」
食べ終わったのだろう、食器を持って歩いてくるのは五年い組の久々知兵助と尾浜勘右衛門であった。
「おう。雷蔵決まったか?」
「…って完璧に固まってるじゃないか」
「あーらら」
「よし雷蔵。決まらないなら俺が決めてやろう」
「兵助…」
「どーせ…」
「この白いつやつやの姿。寸分狂わぬ長方形。程良い弾力。適量の水分を含んだ、まさに絶品…」
「え?え?え?」
「俺には解る…叫びが聞こえるのだ…この、この豆腐は、湯豆腐になりたがっている」
「へ、兵助迫ってこないで…」
「おい雷蔵。君にも聞こえているんだろう。この豆腐の言葉が。その上でこの豆腐を食さないなんて、嗚呼嘆かわしい」
「うわわわわわかった、わかったからああ」
「おいおい」
「やれやれ。兵助、行くよ」
ため息と共に勘右衛門は兵助の首根っこをつかんで引きずる。その間も豆腐の魅力について語る兵助に、雷蔵はひきつった笑みを向けつつ手を振っていた。
「で、豆腐食うの?」
「うん…」
い組の二人を見送っていると、入口近くで二人が立ち止まった。どうやら誰かが来たようであるが。
「あ、いるじゃないか」
「お、三郎」
「やあ。野外演習お疲れ様」
軽い談笑の後、去って行くい組の二人に軽く手を振って食堂へ入ってきたのは、もう一人の不破雷蔵であった。
「手ごたえなかったな」
演習のことだろう。軽く首をすくめて言う。それを聞いて八左ヱ門は少し苦い顔をして。
「よく言うぜ。俺はついて行くのに必死だったぞ」
「ついて来れる奴のほうが少ないしな」
さらりと言ってのけるその人は、顔は不破雷蔵であるが言動はまるで違う。
「さすがだぜ。鉢屋三郎」
八左ヱ門の言葉に三郎は軽く鼻を鳴らしただけであった。そんな二人を笑顔で見ていた雷蔵はふと三郎に声をかける。
「そういえば、先生の用事って何だったの?」
「ああ」
ぽん、と片手の拳でもう片方の手の平を叩いて、三郎は軽い調子で言う。まるで言われるまで忘れていたかのようだ。その問いの答えは、雷蔵の想像を遥かに超えるものであった。
「俺、命狙われてるらしい」

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