艶が〜る | ナノ

島原までの道を歩いていると、人目がやけに気になって大通りから小脇の道に入った。
私も大分有名になってしまったものだ。しかし気楽に京の町を闊歩できなくなったのは非常に残念だ。
人目のないところを選んで通らねばいけないなど、まるで尊皇志士ではないか……

「……!?」

小さな通りを一人で歩いていると、突然横から手が出てきて私を引き込んだ。
瞬時にまずい状態だと分かり拘束された手の開放を試みるが、二人がかりで抑えられているのかビクともしない。

「……離してください。」

「それはできぬ。
貴様、先程壬生浪士の局所にいたであろう。」

即座にこの人たちの所属を悟った。
私は攘夷志士の格の低さにげんなりするも、今はこの状況を打破しなくてはならない。

「ええ。
いったい私をどうしたいの?」

「まずは身柄を拘束させてもらう。
そして奴らの情報を全て吐け。」

先程まで愉快だった感情はどんどん下に落ち、気分はあまりいいものではなくなった。
私は抵抗もせずに両手を縛られる。わからないように親指を使って少しだけ隙間を開けて。

「客よ客。私これでも島原の太夫してるの。
貴方たち、私に傷なんかつけたらお得意様に消されるわよ?」

これは脅しではなく、事実。
私が相手している旦那は、冗談抜きにして社会的に権力の強い人ばかりだ。
特に慶喜さんや枡屋の耳に届けばただでは済まない。

「確かにかなりの上玉だ。」

「しかしそれだけでは内通していないという確信は持てん。」

「そうだ。座敷で幕府側の会合を聞いていたりしているのだろう?吐け。」

気分は最高潮だ。もちろん、悪いという意味で。
こそこそしている風から、この人達は長州出身ではないかという嫌な推測までできてしまった。

「情報なんてそんなもの、持ってないわよ。」

「そんなはずないであろう!
これ以上嘘を申すのであらば、その綺麗な顔に赤い線が入るぞ。」

抜刀して刀をちらつかせる浪士。
おいおい……武士がそんなに容易に刀を抜くものではないと思うのだけど…。
私はこの人たちに敬意を払う気持ちも言葉遣いを気をつける気持ちもすっかり失せてしまった。

こんな奴らが同郷なんて、

「……長州の恥ね。」

「……なに!」

「女、今なんと申した。」

「高貴な志をもつ我々を愚弄するなど、万死に値するぞ。」

「大人しく従っていれば痛い目を見ないで済んだものの…選択を間違えたな。」

高く振り上げた刀は真昼の影を受けて鈍い輝きを放っていた。
振りかぶる瞬間に避けよう。…4、3、2…

「待て」

この一言から、私のなかに疼いている嫌な予感が確信に変わる。

「どうせ殺すのなら、楽しんだほうがいいとは思わないか。」


ああ、死んだほうがマシかも。


「誰か!!助け…んん!!!」

浪士は即座に布を私の口内に押し込んで大声を出させなくした。
くぐもった声で反抗を試みるも、言葉にならなくては意味もない。
刀を鞘に戻し、目の前の男は私の胸ぐらを掴んで無理やり押し広げる。
帯を緩める際に聞こえる音が不快で必死に暴れると、頬を殴られそうになったので咄嗟に頭を下げた。
結果としてこめかみに強い衝撃が押し寄せて視界がぼやけるが、ここで意識を失うわけには行かない。

「……!」

この人数ではあまりにも部が悪い。
縛られた手はすぐにでも解けるが、裏路地の出口に浪士は2人。突破は困難だ。
太ももを撫でられる感覚に鳥肌が立ち、一瞬あきらめを覚悟した。
首筋を吸われ噛まれ、本格的に恐怖が湧いてくる。

「……無粋、だな。」

『!!』

今ではすっかりと聞きなれた、低く色気のある声。
発声元の男――高杉の足元を見て、信じられないという心持ちでいっぱいだった。

「き、貴様何者だ!」

「我々の高貴な志を阻むというのであらば、斬られても文句は言えんぞ!」

高杉は軽く息を吐き出すのがわかった。
少しだけ軽蔑の響きを持っている。

「志…ねぇ…。
俺には寄ってたかって女に非道なことをしているようにしか見えないが。」

明らかに怒りを露わにした浪士たちの注意は、全員男に向かっていた。
高杉は私の顔を認識すると僅かに目を見開き、さらに顔つきが鋭くなる。

「貴様……!
我らは倒幕と言う確かな信念を掲げ、危険を冒して京の町に潜伏していようぞ!」

「…長州の者か。」

さらに低くなった声音に、浪士たちはたじろいだ。
それに負けじと去勢を張る浪士。

「然り。命が惜しいのなら立ち去るが良い。」

「ますます見離せないな。
身内の始末は身内でつけないとな。」

取り出したのは三味線の仕込み刀。
高杉のその言葉に、浪士の一人が声を上げた。

「あ……っ!
その着流しと物腰……貴殿はもしや、高杉晋作殿…!!」

「なに…!?」

「ほう…俺のことを知っているのなら話は早い。
お前らに腹を詰める程の価値もない。順に首を差し出せ。」

口角は上がっているが、けして笑ってはいない。
冗談ではなく、本気でここで、殺そうとしているんだ。
浪士も脅しではないことが本能的に理解できたのか、先程とは打って変わった悲鳴をあげて後ずさる。
背中を向けて逃亡しようとした一番近くにいた浪士に向けて、刀を振り下ろす。

「ぐぁああっ!!!」

「ふん……口ほどにもない。」

そして早い。動きが桁違いだ。それに、普通に立っているようで高杉の立ち方には一切の隙もない。
私は今のうちにと緩めておいた布の拘束を外した。これ以上は、まずい。
鮮血を流し、倒れこむ浪士。しかし傷はそこまで深くないようだ。
転んだ浪士を零度で見下ろし、虫を見るような目で冷酷に呟いた。

「死ね。」

「だ、誰か……助け……っ!!」

「駄目!!!」





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