艶が〜る | ナノ





「ごめんくださーい!」

「…はーい、少し待ってくださいね………え?」

「お久しぶりですね、沖田さん。」


私は今、新選組の屯所に来ていた。


*


「あ、これお土産です。
最近できた甘味処なんですか…お口に合うと思うので、後で隊士の皆さんで召し上がってください。」

「ご丁寧にどうも。
それで、今日はなんの用で伺われたのですか?」

「おい総司、お前はなんでも単刀直入すぎる。
すまないな、乙宮太夫。近藤さんは遠出していてな。明日の日暮れには帰るはずだが…。」

「お構いなく。本日は、壬生寺であるお人のお墓参りの後にふらりと寄っただけなので。」

その言葉に沖田さんも土方さんも少し顔を強ばらせる。
あるお人、というのが、芹沢さんだと言う確信があったからだろう。
この時代では明かされていないが、歴史上の事実として芹沢さんを"粛清"したのは近藤一派の人たちだ。
私のところに通っていたあの人を殺した後ろめたさがあるだろう。…いや、ないと悲しい。
またこのことはきっと新撰組の幹部たちで密に行われた計画だろうから、きっと平隊士にも明らかになっていない。

「なあ、お前は…」

「はい。」

「……いや、なんでもない。
芹沢さんがお世話になったな。」

「いえ……。
あのお人は確かに乱暴な面もございましたが……確かな信念を持っていた。
浅葱色の隊服は、彼がお作りになられたと伺いました。
浅葱の模様の別名は、『切腹峠』。忠義に死する事の覚悟を忘れない、と言う意味だそうですね…。」

芹沢さんは…島原には、けしてだんだら模様を羽織ってこなかった。
今思えば、それも彼なりの何かの意思表示だったのかもしれない。

「恨みは…しないのですか。」

沖田さんが、ポツリと…自然と口から漏れたような調子でそう零した。
恨みは、しないのですか。きっと、芹沢さんを殺した人のことを…目の前の彼らを、だ。
私は静かに頭(かぶり)を振った。

「あのお人…芹沢さんに、揺るぎない忠義があり、きっと彼を殺した人にも貫かなくてはならない正義がある。
そして私にも、何にも代え難い信念があります。誰にも、譲れないものはあるでしょう。」

「仮に…彼を殺したことを後悔しているのなら、私は殺した人を非難するでしょう。
人を殺すことで、彼を慕う人、ご家族、ご友人全てに恨まれても何らおかしくない。
人の一生を終わらせることを、それを承知の上での確固なる覚悟がないものにはして欲しくないから。」

「………。」

「………。」

「けれど、きっとそんなことはない。
貫き通したい正義のために彼を殺したのだと、私は信じています。
だから……恨むなんて、私には出来はしないのです。
私が彼らに思うことは、死した人のためにも死ぬまでその正義を貫いて欲しい、という思いだけです。」

私は別の誰かに言い聞かせるように、彼らにそう伝えた。
目の前のふたりは、私の話を真剣に受け止めてくれているようだ。やはり、彼らにはこんな話当然過ぎたかもしれない。

「……話しすぎましたね。
それでは、私はそろそろお暇いたします。
近藤さんに、よろしくお伝えください。」

隊士の皆様も、大福ですがよろしければお召し上がりください。
そう、襖の方に声をかけた。土方さんは立ち上がって襖を開け放つと、私の予想通り稽古中だった隊士がなだれ込んできた。
土方さんが目許を釣り上げて怒鳴ろうとする前に、私は彼に見送りを頼んだ。
隊士の見るからにホッとした顔は、きっと忘れないだろう。

「あ、屯所の前までで十分です。ありがとうございました。」

「いや…今日はすまなかったな、もてなしもなにもできなくて。」

「いえ、お構いなく。
よろしければまた島原にもおいで下さい。土方さんは、遊女の間でも人気なんですよ。」

「金はけがよかったらな。また近藤さんが宴会でも開くだろうよ。
その時はまた、あの名勝負を見てみたいものだな。」

仄かに微笑む土方さんに、私も微笑み返す。
きっと名勝負とは、沖田さんとの投扇興のことだ。

「お次は土方さんともお相手願いたいものです。
では、失礼します。」

「ああ、まだ日中だが、気をつけて帰れよ。」

「ありがとうございます。」

私は島原の方へ歩き出す。少し歩いた先でまた声がかかった。

「乙宮太夫。」

再度振り向くと、土方さんは見たこともない顔で微笑んだ。
私はこの時初めて、新撰組副長ではない、土方歳三と対面した気がした。

「お前は…本当は全てを知った上で俺らにあの話をしたのだろう。
感謝する。お前に慕われて、芹沢さんは幸せだったはずだ。」

「……その言葉を聞けただけで、報われます。」

私は深くお辞儀をした。


|