艶が〜る | ナノ


***幕間 side高杉***


最近になって、十年以上音沙汰のなかった姉と偶然再会した。
名前はみやびと言う。

出会い頭押し倒されたのだったな。
今思い出してみても、昔から予想外のことをしてくれるところと、全く勝てないところは変わらなかった。
…そして、面倒見がいいところも。事情があって藍屋のところに世話になっているらしいが、そこでも艶子と言う女子(おなご)に世話を焼いているみたいだった。

十年ぶりに見た姉の顔は、昔から美しかったが、そんなもの比じゃないほど綺麗になっていた。
そこいらの女では、到底歯が立たない。まとっている雰囲気がまず、圧倒的に違うのだ。
今でこそみやびと認識できるが、会ってすぐは予想すらしていなかった。懐かしい柑橘の香りに、やっと過去の記憶から掘り当てたぐらいだ。

あいつは気が強い。芯が通っていて、誰よりも輝いている…救いの手を差し伸べる。いつもあいつの周りには人がたくさんいて、数えるのも飽き足りるほど嫉妬したものだ。
しかしどんなに変わらない部分があろうとも、久しく見なかった姉は、いつの間にかにどこか遠くへ行ってしまたようだった。

「晋ちゃん、私ね…あなたのこと大好きよ。」

「な…何言ってんだよ!いきなり!!」

「私がいつも笑顔でいられるのはあなたのおかげ。
だから晋ちゃんも、私の知らないところで無理しないでね。」

みやびは一つ年上だった。頭脳明晰、才色兼備…何をしても頭一つ分も二つ分も飛び抜けてこなせるやつだった。
今でも思い出せば出すほど、あいつは子供らしさというものをどこかに置き忘れてきたかのような落ち着いた風貌だった。
幼い頃に養子として引き取られたから来た時のことはあまり思い出せないが、きっと俺や小五郎なんかよりも余程手間のかからない子供だったろう。
……いや、みやびが高杉家に養子入りしてきたとき、思い出せることがあった。

あいつはいつも泣いていたのだ。
両親を亡くした衝撃もあるのだろう。しかし、もっと別の理由だったはずだ。
理由なんか知らないが、俺は幼いながらも父や母に隠れ、声を押し殺して泣いていた子供らしくないみやびに泣いて欲しくないと、心から思っていたのだ。
気がつけば、みやびの注意を向けようとするが、方法もわからずにいたずらばかりを繰り返すようになった。
そうすれば、みやびは泣く暇なんてなくなるから。みやびの為を思ってした時は、口に出さずとも理解して頭を撫でてくれたから。
悪いことをすれば母よりも全力で叱り、良いことをすれば甘い蜜柑の香りいっぱいに抱きしめてくれた。
幼かった俺には、みやびの笑顔が全てだったのだ。
やはりあいつは笑っていたほうが良い。周りを巻き込む彼女の笑みは、他人に幸を運ぶ。

今でも俺より先にみやびに会っていたらしい小五郎に嫉妬するも、会えた喜びが勝る。
たとえ、みやびが俺を覚えていなくとも良い。他人から再び馴れ初めたとしても、あいつに恩返しができるのなら。そう…思っていた。
だが、

「……………あい、たかっ…よ………晋、ちゃ………――。」

あいつは俺を覚えていてくれた。
その言葉だけで目頭が熱くなった気がして、痛いほど瞳を閉じる。
死んだと思っていた。みやびという名前は、どこにいても聞かなかったものだから。
今まで伝えきれずにいた感謝や、怒りや、心配事…すべてが一度に押し寄せてきて、しかし最後には愛しくなってしまう。

ああ……俺もだ、みやび。

互いに立場は大きく変わってしまった。
俺は幾何時も命を狙われる存在に、みやびは世間を騒がす絶世の佳人に。
それでも、確かにここに存在する絆が、こんなにも安心させるなんて、誰が思っても見よう。

目の前で無防備に寝こける姉に、これは弟である自分だからこそ見せてくれる一面だと思えば、内に渦巻いていた不安やらが綺麗に溶けていく。

俺は実に数年ぶりに頬を緩めて布団を用意すると、起こさないように抱き上げてみやびを寝かせた。
遊女にもかかわらず香水もつけず、体に纏うのは昔と変わらない地元の蜜柑の香り。どんな時でも細い木の枝を巧みに伝って蜜柑をもぎ取り、美味そうに食っていたこいつを思い出す。
俺にとっての夏代々は、みやびの匂いだ。

俺は深い眠りについたみやびの髪をひと束だけ持ち上げて、そこに唇を落とす。
これからは、用がなくとも会いに行こう。迷惑そうな顔をしながらも、俺を追い出そうとしないみやびの顔が容易に想像されて、俺はまた微笑んだ。

部屋の隅の、蝋燭を静かに消すと、音を立てずに障子を引いた。

「おやすみ、みやび。」


***幕間 side高杉・了***








|