艶が〜る | ナノ


「どう?艶子ちゃん。」

「えっと・・・こんな感じです。」

「あら・・・ここ、一箇所間違えてる。
二行前からやり直して。」

「あ、本当だ・・・。
・・・うぅ、みやびさんスパルタ・・・。」

「何言ってんのよ、翔太くんにちゃんとしたのあげたくないの?」

「あげたいです・・・。がんばります。」

「ふふ・・・かわい。
この前金平糖買ってきたから、あと5行いったら休憩しましょ。」

「わあ!頑張ります!!」


残暑のお昼時、私と艶子ちゃんは昨日からミサンガを編んでいる。
というのは、艶子ちゃんを心配してしきりに手紙を送ってくれる翔太くんに何かお礼をしたい、と私に相談した艶子ちゃんに、私がミサンガを勧めたからだ。
今の時代で用意できる材料の、平成っぽいもの。私が思いつくものなんてこれぐらいだったのだ。艶子ちゃんは初挑戦と意気込んで、何度も失敗しながらも奮闘している。
今日とて蒸し暑い自室を障子を全開にして、隣の艶子ちゃんの部屋へと逃げるように訪れた私は、日差しに負けないぐらいの闘士を燃やす艶子ちゃんにミサンガのつくり方を教えていた。
しかし、一つ見本(これは坂本さんにあげる)を作ってしまうとやることがない現状。
なので私も新たなミサンガを作ることにしたのはいいのだが・・・。
あげる人が、いないんだよなぁ・・・。

見本と、艶子ちゃんの作っているものは三色一本ずつ、計三本の糸を真ん中で織って束ね、六本の糸で斜め編みのミサンガで、初心者が作っても中々上出来にみえる編み方だ。
坂本さんのミサンガが青、水色、白の糸、艶子ちゃんの作っている翔太くんのミサンガは緑、黄緑、白の糸で作られているので、必然的に残るのは赤と黒。
赤と黒の糸を二本ずつ使い、私は艶子ちゃんの隣で矢羽模様のミサンガに挑戦している。
矢羽模様というのは、矢絣(やがすり)とも言い、縁起のいい模様の代名詞だ。江戸時代なんかでは、嫁の着物などに用いられる。射た矢は戻ってこない、と言う意味を込めているそうだ。
ともかく、行く宛のないこの縁起の良いミサンガは、いったい誰の願いを叶えるのであろうか。

「ま、まあいいのよ!いなかったら私が付けるもの!!」

「へっ!?」

「ごめん、こっちの話。」

「うわあ、すごいみやびさん!
この編み方どうやってるんですか!?」

「そんなに難しくないわよ。
外側から内側に向かって三つずつ編んで・・・」




ドタン!


「「・・・・・・!!」」

唐突に、近くから何かが落ちる物音がした。
方向からして、私の部屋だ。私は艶子ちゃんにここに居るように言うと、自室と艶子ちゃんの部屋を仕切る四つの襖の一番左、窓側の襖を時間をかけてゆっくりと開ける。
どうやら侵入者は窓の外から隠れるように壁に背中を付いていて、運良くこちらに後頭部を見せている。
相手は男。背丈はそこまで高くはない。着流しの奥には長刀が見えるので、抜かれる前にどうにかしなければ斬られる。

私は一度息を吸って吐くと、襖を思い切り明けて背中ががら空きの侵入者にタックルをかます。声は押し殺して。


ダン!


「・・・・・・っく!!」

完全に背後を持って行かれた侵入者は、しかしそのまま倒れることもなく素早く体の向きを変えて背中から畳に倒れこむ。
予想外の切り返し驚いた私は、足も使って両腕を押さえ込んで腰に差してある長刀を遠くへ投げた。
男は少し顔を歪めて、長刀を取ろうと立ち上がるが、私もそれを食い止めようと全体重を男の両腕に集中させた。しかし、

「・・・っらぁ!」

「ッ!」

男性にしては小柄なその人の見た目からは想像しにくい腕力で、私を押しのける。
予想の範囲外のことが立て続けに起きて、私は一瞬隙を作ってしまった。男は素早く立ち上がると、仕返しと言わんばかりに私の両手首を拘束する。
私も立ち上がって必死にもがくが、ビクともしない。まずい・・・。

「・・・おい!少しはおとなしくしろっての!!」

「・・・・・・っざけんじゃないわよ!!」

「うっ・・・!!」

動き回って着物が乱れ、足の自由が利いてくると、私は両手を後ろに引き、右足を思い切りあげて男の鳩尾に膝を入れた。
そして手首の拘束が緩んだ瞬間に体勢を変え、男の腕を肩に回してそのまま、

「ふっ!!」

「・・・っ!!・・・・・・!」

背負い投げる。
背中の衝撃で息が詰まって、男はくぐもって声にならない呻き声を上げた。
鳩尾にも入っているし、吐き気で男はしばらく動けないはずだ。
男をうつ伏せにさせると、両手をひねり揚げて体重を乗せ、私はそのままの体勢で男に声をかけた。

「もう逃げられないわよ、観念しなさい。」




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