※海常高校に捏造設定があります


帝光中学男子バスケ部が全中制覇を成し遂げたのが今年の8月。そして今はとっくの昔に夏休みも終わって、風も肌寒くなり始めた10月の秋。世の中学3年生の頭の中は受験勉強のことでいっぱいだろう。かくいう私も例外ではなく、進学先に悩んでいた。私はマネージャーといってもさつきの様に情報を集めたりする有能なマネージャーではなかったので、当然スカウトも来ない。だけれど全中が終わるまではきっちり仕事をこなしていたため、明らかに世の中の中学3年生よりもスタートダッシュが遅れているわけだ。


「高校、どうしようかな」
「ナマエっち特に行きたい学校とかないんスか?」


受験は嫌だけれど、この時期移動教室の間の話題には事欠かない。特に涼太と、キセキが相手なら尚更。彼は勉強なんてしなくても、高校からの誘いは数多ある。私は別に大学を目指しているわけでもないので、そんなに難しい高校に行く必要もないし、自分のレベルよりも高い高校に進学して卒業が危ういなんてことになる方が困る。


「うーん。わたしの成績で今からでもそんなに頑張らなくて入れるところならどこでも良い…かも。涼太は?」
「オレはー、多分このまま海常のスカウトを受けることになると思うっス」


海常高校、目立って強い選手はいないけれど堅実なプレイで確か今年I・Hに出場したはず。場所は神奈川県、だったかな。近場に留まる理由はやっぱりモデル業とバスケの両立で、仕方ないことなのだろうか。


「やっぱり仕事との兼ね合いもあって?」
「そうっスねー、やっぱり最低でも関東にはいないと…」
「海常…かぁ」


典型的なスポーツ校、と言ってもいい海常はそんなに偏差値も高くなかった記憶がある。けれど名門スポーツ校らしい部活動特有の強い縦のつながりで就職率がいい、なんて話も聞いたことがある。確か私も母親が勝手に願書を持ってきて、滑り止めとして書かされた。


「ナマエっちなら今から勉強しても、海常の一般で入れるんじゃないっスか?」


それでまたマネージャーやってほしいっス、と勝手に決めて嬉しそうに私の手を取って跳ねる涼太。まだ一言も受ける、なんて話涼太にはしてないんだけど。涼太のモデルの仕事をしている時の笑顔じゃない、素直な感情が表れている顔に私は弱く、言い出せない。


「違う学校だったら、バスケと仕事の合間にしか会えないけど、同じ学校なら休み時間にいつでも会えるっスからね」
「そう、だね。うん…海常、目指してみようかな」
「本当っスか!?オレは勉強、教えられないっスけど、誰にも負けないくらいナマエっちを応援するっスよ!」


頑張って下さいっス、と笑顔で私の手をとる純粋な彼を見ると、心が痛むけれど仕方ない。…元々私はそういうつもりだったのだから。


**********


その日私は家に帰り、記入済みの海常高校への願書を破り捨てた。母親には、やっぱり行きたい高校ができた、と説明すると進学先を決めるのはあなただものね、とあっさりと納得してくれた。

同じ入試日程の、誠凛高校の願書を取り出して記入する。キセキの誰とも…私の知る帝光バスケ部の誰とも被らないように、帝光にスカウトに来るような強豪校じゃない、誠凛高校に。


**********


2月になった、前期日程の高校は殆どの発表が同じ日で、誠凛高校と海常高校の発表もまた同じ日だった。涼太には内緒受けた誠凛高校、パソコンで確認すると、私の受験番号が画面に表示されていた。発表開始時刻は10時、確認し終えた今で10時10分。いくら普段起きるのが遅いと言っても今日は早く起きて私からの電話を待つ、と事前に言っていたので電話を掛ける。…海常高校に落ちた、という連絡をするために。


「あ、涼太…?ごめん、私…海常、落ちちゃった」
「えっ…ナマエっち、あんなに頑張ってたのにっスか?」
「うん…ごめん。でもほら、一生会えなくなるわけじゃないんだから。ね?」
「そう、そうっスね…」


彼にはこれから後期日程に向けて勉強しないといけないから、と更に嘘を重ねて電話を切った。落ちた自分(嘘だけれど)以上に落胆している涼太の声は、思ったよりも私の心を抉(えぐ)った。ボスリ、とベッドに携帯電話を投げ捨てて自分もそこにダイブする。ごめん、と口から無意識に零れ出たのは涼太への謝罪の言葉だった。


**********


『ナマエっちー、元気っすかー?最近メールも全然返してくれないからさみしいっスよ』
「うーん、ごめんね涼太。私も中々忙しくて…」


メールの回数も、電話の回数も始まった高校生活の日数に反比例して減っていった。そんな休日に珍しく彼の方から電話がかかってきた。いつもとかわらない調子で、さみしい、という彼にあいまいな返事を返す。お互いに他愛もない、会っていない間に始まった新しい学校生活の話をしたり、彼の仕事、部活の話を聞いた。明るい調子で話していた彼だけれど、急に真剣な声で私に質問を振った。


『ナマエっち、浮気とか…してないっスよね?』
「そんなの、当たり前でしょ?涼太こそ、可愛い女の子に絡まれて鼻の下伸ばしてるんじゃないでしょうね」
『オレはナマエっち一筋っスから!』
「ふふ、嬉しい」


次の日黒子くんに聞いたのは誠凛高校が練習試合で海常を倒したという信じられないことだった。滅多に自分から連絡を取らない涼太が連絡をしてきたのはそれがあったからだと容易に想像がつく。自分で重い女の子は苦手、と公言しているのに私の浮気を疑ったり、初めての敗北に情緒不安定になったのだろう。本当なら今すぐ涼太のもとに駆け寄って慰めたい、けれど私は無意識に作成した涼太宛てのメールを黙って削除し、携帯を鞄の中に再び仕舞い込んだ。


**********


最後に涼太と電話をしてから3か月、学校を終えて帰宅すると玄関の前に涼太が座り込んでいた。私を遠くに見つけて勢いよく立ち上がり、駆け寄ってくる。久々に直接見る涼太の笑顔はやっぱりモデルなんだなぁ、としみじみ思わせられる。


「おかえりなさいっス、ナマエっち」
「…ただいま。涼太、何で私の家の前に?」
「あはは、ナマエっちにメールも電話も通じないからっスよ」
「…ごめん」
「中々忙しくて…っスか?この時間に帰ってくるのに忙しい、を理由にするんスね。オレは練習の合間も撮影の合間も、ナマエからのメールを待ってたのに?」


涼太も限界だったのだろうか、滅多に怒鳴らない彼が怒声に近い声をあげる。


「ごめん。…もう、オレにはナマエが解らないっス」
「別れるってこと?」
「…さよならっス、ナマエ」


涼太は辛そうに顔を歪めて、私の前から一刻も早く立ち去りたいとでもいうように走っていった。


これでいい。これが正しい、これを私は1年もの間待っていたのだ。彼が女の子にフられる、なんてことはあっちゃいけない。ましてや私みたいな子に何て絶対にダメだよ、ありえない。

加えて、彼は完璧でいなくちゃいけない。バスケも、お仕事も。私なんかに関わってそれが疎かになるくらいなら私は消えた方がいいに決まってる。だから私は彼が望んで、彼の前から姿を消せる日を心待ちにしていたのだ。


そう、これが私の失恋
(私が手放して、君は幸せを得る)



title:星屑Splash!
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