あなたを愛して知ったこと″
「僕がナマエと出会ったのは中学2年生の時だったね。あそこで出会わなければきっと、今の僕はないだろう。
偶然隣の席になった君に、休んだ時のノートを借りたのが全ての始まりだった。次の日にお礼に、と僕がクッキーをあげたときのナマエの驚いた顔が忘れられない。更にその次の日に、クッキーのお礼に、とお菓子を作ってきてくれた時は笑ってしまってすまなかった。
今こうして考えてみると、ナマエはあまり得意ではないお菓子を作るのに、どれだけの時間をかけてくれたのだろうか?その時はただ律儀な人だなと思っただけだったけどね。
そのままお礼のお礼、とお礼の応酬が始まって仲良くなり、そのままお付き合いすることになったんだったね。
考え直してみると、当時は見えなかった色々な点が見えるものだね。気が付けば微笑んでしまいそうなくらい、当時のナマエは可愛らしかった。あぁ、もちろん今のナマエを否定するわけじゃないけれど、当時のナマエは本当に何もかも、純粋に周りのもの全てを平等に愛していたよね。
ナマエを愛して学校の楽しさを改めて知って、そして初めて、知っていたつもりの恋の、愛の本当の意味を知ったよ。
ナマエを愛したから、ナマエと恋人になったからこそ僕はあの夏に全国制覇、を成し遂げられたんだと思ってる。それ以外の要因も、もちろんあるけれど。
あの夏の後に、もしかしたらテツヤと、そしてみんなと同じように、そのまま僕のもとを去ってしまうんじゃないかって、今だから言うけれど実はすごく心配していたんだ。
でも、涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、どんなにあの時、以前のバスケ部に未練があるかなんて一目でわかるくらいだったのに、それでも僕を選んでくれたこと本当に嬉しかった。
ナマエは、僕の考え方には賛成はできないけれど、と前置きをしてから、それでも僕についてくる、と言ってくれた。だからこそ、こうして高校生になっても僕たちの関係が成り立っていたんだよね。
これは、僕だけだったのかな。ナマエを愛して、それ以外のものは何もいらないくらいに思っていたのは。ナマエにとって僕は…そんな存在になれなかったのかな」
そう言い終えたところで征十郎は顔を上げた。普段と何一つ変わらない、一見して冷静に見える顔の中で唯一違うところは、彼の両眼から大粒の涙が零れているところだった。彼はまるで自分の両目から零れているその存在に気付いていないかのように、一歩、また一歩と私の方へ近づいてくる。どん、と衝撃が背中に走り、チラリと後ろを見るとそこには壁があって、前方には彼が。逃げようとしても、かなわない状況になってしまった。
「征十郎、どうし」
「ナマエ、ナマエはどうして…」
どうしたの、と問いかけようとしたこちらの言葉に、一切耳を傾けない彼に何があったのかは知らない。もしかしたら夢で昔を思い出してしまったのかもしれないし、ただ他に何かがあって過去を思い出し、不安になってしまったのかもしれない。
ただ、彼は定期的にこうなってしまう。そのたびに私たちの関係性を一から確認して、それで安心したら元の彼に戻る。これを何度も何度も何度も何度も繰り返して、今の私たちがある。
だけれど彼はその事実を知らない。明日になればまた今まで通りの彼がいて、彼の中では今まで通りの私たちがいることになる。けれど、彼の涙が引き金になって、私の中での私たちの関係はリセットされる。
「征十郎、聞いて。私はあなたをちゃんと愛してるよ、世界で一番。他には何もいらないくらいに」
「本当に?なら…証明、してよ」
彼は目の涙を拭おうともせずに私に迫る。人目も憚らず征十郎の顔を掴み、その唇を捉える。数秒間のその行為のあとに離れると、征十郎は満足げに微笑んで私を見ていた。その目から新しい涙が零れることはなくて、私はそれを見てようやく微笑むことができる。
私たちは幸せなはずなのに、少なくとも明日からまた彼はそれを疑いもせずに享受できるけれど、私にはそれが叶わない。
それは、あなたの純粋さと残酷さ″
title:秘曲
------------
黄昏様に提出
2012/12/25
修正
2015/06/28
「僕がナマエと出会ったのは中学2年生の時だったね。あそこで出会わなければきっと、今の僕はないだろう。
偶然隣の席になった君に、休んだ時のノートを借りたのが全ての始まりだった。次の日にお礼に、と僕がクッキーをあげたときのナマエの驚いた顔が忘れられない。更にその次の日に、クッキーのお礼に、とお菓子を作ってきてくれた時は笑ってしまってすまなかった。
今こうして考えてみると、ナマエはあまり得意ではないお菓子を作るのに、どれだけの時間をかけてくれたのだろうか?その時はただ律儀な人だなと思っただけだったけどね。
そのままお礼のお礼、とお礼の応酬が始まって仲良くなり、そのままお付き合いすることになったんだったね。
考え直してみると、当時は見えなかった色々な点が見えるものだね。気が付けば微笑んでしまいそうなくらい、当時のナマエは可愛らしかった。あぁ、もちろん今のナマエを否定するわけじゃないけれど、当時のナマエは本当に何もかも、純粋に周りのもの全てを平等に愛していたよね。
ナマエを愛して学校の楽しさを改めて知って、そして初めて、知っていたつもりの恋の、愛の本当の意味を知ったよ。
ナマエを愛したから、ナマエと恋人になったからこそ僕はあの夏に全国制覇、を成し遂げられたんだと思ってる。それ以外の要因も、もちろんあるけれど。
あの夏の後に、もしかしたらテツヤと、そしてみんなと同じように、そのまま僕のもとを去ってしまうんじゃないかって、今だから言うけれど実はすごく心配していたんだ。
でも、涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、どんなにあの時、以前のバスケ部に未練があるかなんて一目でわかるくらいだったのに、それでも僕を選んでくれたこと本当に嬉しかった。
ナマエは、僕の考え方には賛成はできないけれど、と前置きをしてから、それでも僕についてくる、と言ってくれた。だからこそ、こうして高校生になっても僕たちの関係が成り立っていたんだよね。
これは、僕だけだったのかな。ナマエを愛して、それ以外のものは何もいらないくらいに思っていたのは。ナマエにとって僕は…そんな存在になれなかったのかな」
そう言い終えたところで征十郎は顔を上げた。普段と何一つ変わらない、一見して冷静に見える顔の中で唯一違うところは、彼の両眼から大粒の涙が零れているところだった。彼はまるで自分の両目から零れているその存在に気付いていないかのように、一歩、また一歩と私の方へ近づいてくる。どん、と衝撃が背中に走り、チラリと後ろを見るとそこには壁があって、前方には彼が。逃げようとしても、かなわない状況になってしまった。
「征十郎、どうし」
「ナマエ、ナマエはどうして…」
どうしたの、と問いかけようとしたこちらの言葉に、一切耳を傾けない彼に何があったのかは知らない。もしかしたら夢で昔を思い出してしまったのかもしれないし、ただ他に何かがあって過去を思い出し、不安になってしまったのかもしれない。
ただ、彼は定期的にこうなってしまう。そのたびに私たちの関係性を一から確認して、それで安心したら元の彼に戻る。これを何度も何度も何度も何度も繰り返して、今の私たちがある。
だけれど彼はその事実を知らない。明日になればまた今まで通りの彼がいて、彼の中では今まで通りの私たちがいることになる。けれど、彼の涙が引き金になって、私の中での私たちの関係はリセットされる。
「征十郎、聞いて。私はあなたをちゃんと愛してるよ、世界で一番。他には何もいらないくらいに」
「本当に?なら…証明、してよ」
彼は目の涙を拭おうともせずに私に迫る。人目も憚らず征十郎の顔を掴み、その唇を捉える。数秒間のその行為のあとに離れると、征十郎は満足げに微笑んで私を見ていた。その目から新しい涙が零れることはなくて、私はそれを見てようやく微笑むことができる。
私たちは幸せなはずなのに、少なくとも明日からまた彼はそれを疑いもせずに享受できるけれど、私にはそれが叶わない。
それは、あなたの純粋さと残酷さ″
title:秘曲
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黄昏様に提出
2012/12/25
修正
2015/06/28