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晴天に見舞われた朝の日差しを、これは都合が良い光合成とばかりに浴びながら駅からほど近い商店街道りを歩く。左肩には水色のボールペンがちらりと覗いているショルダーバックを、右手には行きつけの洋服屋のロゴが施された手頃な紙袋を引っさげて、向かっているのは年季の入ったとある雑居ビルだ。

昨日。すったもんだを終えて探偵事務所を後にした私は、お家に帰って夕飯を食べてお風呂に入ってベッドでたっぷりと眠って、用意周到に次の日を迎えていた。阿南さんと交わした約束の時間を厳守するために、休日にもかかわらず平日と少しも変わらない時間に起床したにしては寝覚めもすこぶる良くて、正午を回るまであと数時間、商店街の店々がそろそろと開店を始めたばかりのこの時間でも足取りは軽いものだった。
昨日と寸分違わない道すがら、年季の入った電信柱と例のカラフルなチラシもすでに通り過ぎていくばくか、連日で赴いたそのビルの外見にたった一夜で劇的な変化があるはずもなく。私は、照明が薄暗くどこか頼りがいのない、備え付けのエレベーターに乗り込んで探偵事務所が構えられている四階へのボタンを迷うことなく押した。
事務所の扉前までやってくると一度立ち止まって、今日はきちんと「営業中」の立て札が立て掛けられているのをその目でしかと確認する。昨日の出来事を学習してか、木製の立て札の後ろには重しのようにして厚みのある添え木が置かれていて、これならそう簡単に倒れないだろう安定感があった。
私は、もう一つの学習として扉を二、三回握り拳で軽くノックしてみる。すると間髪入れず「はーい!」と調子の良い返事が返ってきて、扉の中で人の動くゴソゴソとした物音が聞こえてきた。どうやら向こうからドアを開けてくれるらしい。

「どちら様でしょうか?勧誘でしたらお引き取りを…」

ノックに返事をして迎え入れるように開けられた扉から顔を出したのは、予想通りひとりの男の人だった。
ただそれは、昨日さんざんと顔を付き合わした阿南さんではない、まったく見知らぬ風貌の青年だった。…いや、青年、と呼んでも差し支えないのだろうか。その人物の顔は、日頃縁近く交流を持っている、同級生の男子学生たちとそうそう変わらない年頃にも見えるような。

「え!?いや、ち、違います」

ひょっこりと姿を見せるのが見知った三十路男だとなんともなしに疑っていなかった私は、咄嗟の第三者の出現にどもりながら素っ頓狂な返事をする。思わず現在地を確認してしまったが、そこはやっぱり昨日も訪れた事務所の入り口に他ならなかった。私の返答に、そうですか、と目の前から不思議そうな声が返ってくる。

「……あ!じゃあ、もしかしてご依頼ですか!?」

そう語尾をあげた目の前の青年(と、暫定しておこう)は途端に両方の目をキラキラと輝かせはじめた。そしてひとり納得したようにうんうん、と神妙な顔で首を縦に振り出す。
かくいう私は、上手く舌が回らない不審な挙動のままにそんな彼を必死こいて見遣っていた。茶色の髪をヘアバンドのようなもので止めて逆立たせた特徴的な髪型をした青年は、ここのもう一人の従業員の、言ってしまえば少々だらしない昨日の服装とはうって変わってベストをコルセットで巻いて着込んだ、しっかりとした身なりで佇んでいる。もしかして、察するに、彼こそ阿南さんの口から語られていた助手その人なんじゃないだろうか、と私は回らぬ頭で推測する。
…それにしてもこの髪型、なぜだろう。どこかで見たような気のする既視感があるのだけど…どうしてだか思い出せない。

「あーその…」
「あああ、ごめんなさい!立ち話はなんですよね、さ!どうぞ中に!」

そういうと青年は爽やかな笑顔で腕をくいと曲げ、ドアマンのように客人を室内へと招く仕草をした。部屋の中に案内板よろしく差し向けられた青年の腕を見て、そして気づく。
やっぱり、この人阿南さんの言ってた助手で間違いなかった。だってYシャツの腕に縫い付けられた腕章に『助手』と刻印されていたのだ、とても堂々と。私はその自己主張の強い自己紹介のされ方と、何より爽やかに期待を込めてこちらを見つめる助手さん(断定)の視線に気圧されて、結局何一つ己の主張を青年に伝えることなく事務所に足を一歩と踏み入れることとなってしまった。



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